EGOIST /浜野恵梨(女子13番)


煙草の紙巻きを咥え、100円ライターで火を着ける。外の街灯の明りだけが窓から差し込む薄暗い部屋の中、それは赤く光って。その赤さに思わずあたしは煙草の煙を吸うのも忘れて、火に見惚れる。赤い光と、その下の綺麗な青。透き通ったその青い光に照らされるように、丁度彼の寝顔が見えた。
あたしは親指を離して、火の消えたライターをベッドの上に投げ出した。そのまま、淡いブルーのラメマニキュアを爪に塗った指で、彼の顔に触れる。
あたしの隣で寝てる彼、沖和哉。和哉の頬に触れたまま、あたしは彼の寝顔を観察する。
すっと通った眉、閉じた瞳。開いてる時は黒めがちで、アーモンドみたいな形をしてる。鼻梁のラインは細くて繊細な感じ、普段はぎゅっと引き締めた少年らしい口元も、今はしどけなく開いて、小さく寝息を立ててる。

そう、やる事はやっちゃうけど結構少年っぽいんだよね。
安池とかはもうちょっとオトナっぽい魅力があって(てゆーかあだ名がもう王子だよ、王子)、幸太なんかは完全に野原でトンボ追っかけてそーなくらいだから(弟みたいでカワイイって奈央チャンが言ってたっけ)、その中間っていうか。
あー。女のあたしから見ても、羨ましいくらいにかっこいい――もとい、今は可愛いって言った方がピンとくるかもしんない。こんな可愛い寝顔見たら、たぶん彩香あたりが押し倒しちゃったりするんだろう(あ、それってレイプか? 逆レイプっつーの?)。

やっぱ、わかんない。なんで、和哉はあたしなんかと付き合ってくれてるんだろう。
罰ゲーム?(違う。告られてから数日後、それとなく訊いてみたら「んな訳ねーだろ、恵梨は罰ゲームの対象になるようなオンナじゃねぇって」って笑われたし)
ただの遊び?(これも違う。ふざけて笑いながら「遊びなんでしょー?」って言ったら、マジな顔で無茶苦茶に怒られた。あんなに怒ってたの、初めて見た)
じゃあ、何なのよ。まさか、マジだったりする? あたしは煙草を咥え直して、煙とともに小さく笑い声を出す。
笑っちゃう。誰があたしみたいな女にマジになってくれる訳?
いつだって、適当に生きてるだけ。部活でやってるテニスだって遊び半分だし、友達だってなんとなく一緒にいるだけ。何事も適当にやり過ごして、うまくいかなかったら投げ出して。
本気で生きてないこんなあたしを、誰かが本気で愛してくれる訳、ないじゃない。
あたしは枕元の灰皿で煙草を揉み消し、バスルームに向かう。オレンジ色の照明を点けて鏡を覗き込むと、いつもの小生意気そうなあたしの顔が洗面台の鏡に映る。
少し狭い額。いかにも頭が悪そうで嫌い(否、実際頭悪いんだけどさ)。頭が良い人は広いんだよね、志田サンとか。
眉は無意味に細いし、目は一応二重だけどちょっと垂れてて嫌い。穂積サン…は、ちょっと吊ってて怖いけど垂れてるのはもっとやだ。ハセミホちゃんみたいな目が良いかな、二重で大きいけど切れが長くて色っぽいし、オトナっぽく見える。
鼻は低いし、唇も薄い。もーちょっと厚かったら、なっちゃんみたいな可愛い唇になってたのにな。運悪いわ。
顔のパーツをひとつひとつ眺め、クラスメートと比較してみる。一番最後に思い浮かんだ顔、あ――このコと比べたら、間違い無くへコむ。絶対、鬱入る。
まりちぃ――こと、遠藤茉莉子。何故か3年4組には可愛いコが多いんだけど、その中でもかなり目立つ美人だ。あたしなんか比にならない。まりちぃと肩を並べるくらいの美人といえば穂積サンくらいだけど、彼女はヤンキーみたいな金髪と鋭い目付きのせいかあんまり人が寄りつかない(不思議な事に、桃ちゃんとはかなりの仲良しさんだけど)。その点、まりちぃはいつもにこにこしてて愛想良いし、性格もすごく良いコだし。
とにかくまぁ、あたしなんかよりいいオンナは腐るほど居るってこと。
なのに、なんで和哉はあたしを選んだんだろう。考えても考えても、わかんない。

「…恵梨?」
ふいに、背後から声がする。
振り返ると、和哉が眠そうに目を擦りながらバスルームの入り口に立ってた。あのー、あたし一応下着しか着てないんですけど。ま、今更言う事じゃないけどね。
「和哉? どしたの」
「ん、起きたら居ないからびっくりした。帰っちゃったかなーって」
和哉はあたしの肩に抱きついて、「よかったー」と安心したように呟く。
あー、もう。またそーやってカワイイこと言う。ずるくないっすか?
思いながら、あたしは呆れたように溜め息を吐いた。これじゃまるで、「怖い夢、見た」なんて言って母親に泣きついてくる子供みたいじゃん。
「大丈夫だって、帰るときはちゃんと起こして声かけてくってば」
あたしは言って、和哉の背中に腕を回す。こーやってイチャこくのも最初はふざけ半分だったけど、最近のあたしはなんか変だ。
不安、っていうか。
軽い気持ちでキスもエッチもこっちから誘ったのに、最近のあたしは和哉の方から触れてくれないと満足できない。不安で不安で、たまらなくなってしまう。
バッカみたい。最初はあたしの方が遊び半分の気持ちでしてたっていうのに、途中からこんなに本気になって不安になってるなんて、ジコチューもいいトコだ。あたしみたいにふらふら生きてる人間が、和哉の一途な気持ちを独り占めする資格なんてこれっぽっちもないのに。
浜野恵梨、史上最低の自己中女、エゴイスト。久米たちとつるんでんのもお似合いだわ。

自虐的に頭の中で繰り返しながら、それでも体は和哉に委ねてる。
多分、あたしは本気で和哉を愛し始めてる。そんな資格、たぶん無いんだろーけど。





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