オトコトモダチ/福原満奈実(女子14番)



「福原ってさ、なんで髪伸ばしてんの?」

放課後の教室。
席が隣同士だから、あーしと三木は今日日直だった。
三木は休み時間もずっと友達と騒いでて、結局黒板はずっとあーしが消してて。
ま、ゆーこが手伝ってくれたからいいんだけどさ。

「えっ…つーか、余計なこと言ってないで早く日誌書いてよー。部活終わっちゃうじゃん」
いきなり聞いてくるから、適当なこと言って誤魔化した。
言いたくない。髪伸ばしてる理由なんか、絶対。
言ったら、このバカのことだから絶対笑うに決まってんだもん。
「なんだよ、話そらしてんじゃねーよ。オマエっぽくなくねぇ?」
あーしは返す言葉もなくて、不覚にも俯いてしまった。
結構痛いトコ、つかれた。

2年になったばっかの頃だったかな? バスケ部の練習。休憩時間だったと思う。
「土屋はさ、どんな感じのコがタイプなの?」
コートの片隅で、みんなで集まってお喋りをしてた。その時に、誰かが言ったんだ。
あーしはなるべく興味なさそうな顔をしたけど、耳だけはしっかり土屋の方を向いて、その答えを待ってた。
「んー…女の子っぽくて、髪長くて、さらさらしてるといいかも」
土屋の言葉にみんなは、普通だねー、なんて言って笑ってた。でも、あーしには聞こえてなかった。
女の子っぽくて、髪長くて、さらさら…
あはは、笑っちゃうよね。あーしと真逆じゃん。
その後の練習は、なんでかわかんないけどドジってばっかだった。
練習が終わって、トイレに行った。すっごい珍しいことだけど、一人になりたくて2階のトイレまで遠出した。

鏡に映るのは、適当に切っただけで、手入れも全然してないショートカット。
すっごく嫌だった。
嫌で嫌でたまんなくて、毛先を引っ張った。
「痛っ…」
バカみたい、あーし。
こんな事しても、伸びる訳じゃないのに。

あの日から、あーしは髪を伸ばしてる。
色んな雑誌を読んだり、新しいトリートメントを買ったり。
友達が行ってる美容院も紹介してもらって、さらさらのロングヘアーを目指した。
でも、周りの反応は色々だった。
「福ちゃんはショートが似合ってたよ」。友達のみんなは惜しむみたく言った。
「福原、髪長くねぇ? 美容院行く金ねーの?」。男子は冗談を言った。
「まなちゃん、なんか最近かわいくなったね」。ゆーこは褒めてくれた。
ゆーこだけは、褒めてくれた。だけど。
やっぱ、あーしっぽくない気がする。
ゆーこは気ぃ使ってくれてるだけなのかな。
ゆーこは、あーしが恋してるの知ってるから。
土屋は何も言わなかった。そりゃ、クラス違ったからね。
三年でやっと同じクラスになれて、すっごい嬉しかった。だけど、あんまり髪の話とかしてないみたいだし。
もう、切っちゃおっかな。
丁度、そう思ってたんだ。

あーしは少し覚悟を決めて、唇を噛んだ。
「…やっぱ、似合ってない…かな?」
コイツに託すのも、なんだけど。
似合ってないって言われたら、髪を切る。
三木は少し考えるように空を見て、それから口を開いた。
「今までずっと、福原って短かったじゃん。だからそーゆうイメージ付いてただけで、似合ってない訳じゃないよ。 なんつーか、オマエちょっと女っぽくなったし。長いのもいいと思うよ」
そー言った三木の顔は、ホントにいつも通りだった。
赤くなってもないし、恥ずかしそーでもないし。
あーしの目、ちゃんと見て言ったんだ。
ゆーこのこと喋ってる時は、真っ赤になってんのに。

当たり前のことなんだけど、やっぱあーしと三木はただの“トモダチ”なんだなって思った。
あーしは土屋が好きだし、三木はゆーこが好き。
当たり前だよね。

「死ぬなよ、福原」
あいちゃんに撃たれた。
撃たれた肩とお腹はホントに熱くて熱くて、そこだけ燃えてなくなっちゃったらいいのに、って思った。
三木はあーしの肩にタオルを巻きつけて、言った。目が潤んでた。
「なに……泣い、てんの」
動いた肩が痛い。お腹も、むちゃくちゃ痛い。
それでもなんとか笑おうとして、唇を動かした。
「何言ってんだよ、泣いてねーよ」
三木が目を擦って、笑った。また笑おうとしたらお腹をえぐられたみたいな痛みを感じて、思わずあーしは咳き込んだ。
腕に赤い霧が降った。あーし、血ぃ吐いたのかな。
お腹は思ってた以上に熱かった。血に濡れて、ぬるぬるしてた。
三木がいっちょまえにあーしの体支えててくれてるから、ちょっとだけ体の力を抜いた。
意外とちゃんと受け止めてくれて、少し楽になった。
三木の腕の中で、もし土屋に出逢わなかったら三木のこと好きだったかもって思った。
何ちょーしこいてんだ、あーし。三木にはゆーこが居るのに。

心の中でゆーこと三木に謝って、あーしは言った。
「逢ってね、ゆーこに…逢ったら、言って。あーしと、とも、だちでいてくれて、ほんとにありがと、って」
お腹に、また痛みがかえってきた。だけど、まだダメ。まだ、言わなきゃいけない事がある。
「あと、土屋に、逢えたら、あーしの…気持ち、伝えて。おね、がい」
土屋、あーしなんかが勝手に好きになっちゃってごめん。でも、ホントに好きだったんだよ。
これも言いたかったけど、口には出せなかった。
いくら相手が三木でも恥ずかしいし、お腹の痛みはもうガマンできそーになかった。
三木がはっきりした声で「うん」って言うのが聞こえた。
本当は自分で言いたかったんだけど、ね。
「ありがとう」
お腹がずきって痛くなった。また喉から熱い何かが込み上げてきて、あーしはまた血を吐いた。
あまりの痛みにうめいて、スカートの裾をぎゅっと握った。
「あーし…も、だめ……かも」
もーイタイなんてもんじゃない。あーしが今まで生きてきた中でダントツトップの苦痛。
最期が近づいてることくらい、バカなあーしでもわかった。
「そんな事、言うなよ…元気印の福ちゃんだろ?」
三木が笑うのが見えた。それはすごくぼんやりしてて、すぐ近くなのに顔しか見えなかった。
生まれたばっかの赤ちゃんって、視界狭いんだっけ――もうすぐ死ぬって時なのに、昔かーさんから聞いた話を思い出してた。
三木の声は涙声だった。こんな声、聞いたことなかった。ふいに、あーしの腕を握る三木の手がすごく大きく感じられた。
やっぱ、オトコだなって思った。
いつも一緒にバカ騒ぎして、女扱いだってろくにされなくて。
でもあーしも、三木のことオトコだって意識したの、今が初めてかもしんない。
「み、き」
三木。今更だけど、あーしにとって三木は、立派なオトコだったよ。
先生から返却頼まれた重たい問題集、ひょいって軽く持ってくれて。
オトコだけど、トモダチ。オトコトモダチ。三木、これでいいよね?

「生きて、ね?」
生きて。生きて、ゆーこのこと守ってあげて。
ゆーこ、怖がりで泣き虫だから、きっと今もどっかで泣いてるんだよ。
怖くて、一人で――ゆーこ、ごめんね。あーしは先にいくね。あとは、三木に任せるから。

ゆーこ、三木。あーし、なんかすっごく眠いよ。
もう、眠ってもいいよね。眠れば、もう痛くないよね。
バイバイ、土屋。あーしが居たこと、忘れないでね。
バイバイ、みんな。




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