むかしむかし、あるところにとても仲の良い父娘が居ました。
娘が幼い頃に母は亡くなり、それ以来ずっとふたりきりで仲良く、幸せな日々を送っていました。
ところがある日、父娘のところに新しいお母さんが来たのです。
それから、優しかったお父さんも病気で亡くなってしまいました。
家には新しいお母さんとその連れ子、そしてひとりの娘だけが残りました。
継母と連れ子はとても意地悪で、娘にぼろぼろの服を着せて、くる日もくる日も奴隷のようにこき使いました。


深い意味はnothing / 3年4組的シンデレラ。



「桃実ちゃぁん、あやか超疲れたんだけどー。マッサージしてよぅ」
連れ子の
彩香お姉ちゃん(久米彩香/女子5番)が甘ったるい声を上げます。
「はーい、ただいま!」
可哀想な娘――
桃実(水谷桃実/女子16番)はぼろぼろの服を身に纏い、二つに結った髪をぴょこぴょこと揺らして彩香に駆け寄りました。
みすぼらしい身なりをした桃実とは全く逆に、関西派手お姉系な格好をした彩香がベッドに俯せています(必然的に枕元の雑誌はJJでした)。桃実は彩香の肩を揉みながら、小さく小さく溜め息を吐きました。
「もぉ、そこ違うってば! もっと右ぃ! あー、もーいいよぅ。携帯充電しといて!」
彩香は不機嫌そうに言うと、ぷいと横を向いてしまいます。自分から頼んどいてその態度何よ。
しかし、桃実はそれにも逆上する事なく「…はぁい」と小さく返事をして、とぼとぼと彩香の性格がそのまま出たようなド派手な携帯電話を充電機にぶっ差しました。何気にキレてるでしょ、アナタ。

彩香の部屋を出ると、廊下全体の空気が霞んでいました。
桃実は直感的に「ヤバイ!」と思い、肩をがたがたと震わせます。
「桃実さん」
予想通りでした。そこには、幽霊みたいな女性――継母の
鞠江さん(久喜田鞠江/元担任教師)が立っています。
本当に彩香お姉ちゃんのお母さんなのかな、と桃実はその姿を見る度に思っていたのですが。
「は、はい! おかあさま、なんでしょうか!」
桃実は未だにときどき幽霊と見間違えてしまうその姿にビビりつつ、鞠江さんにぴょこっと頭を下げます。
鞠江さんはどうやら、片手に白いブラウスを持っているようでした。
そのブラウスを桃実に向けながら、鞠江さんは苛立った口調で言います。
「…お醤油のシミが完全に落ちていないわ。あなた、お洗濯もまともに出来ないの?」
桃実がじーっと目を凝らして見ると、ブラウスにうっすーく醤油のシミが残っているのがどうにか見えました。鞠江さん、ごっつ神経質。
「それとね……お掃除はもうしたのかしら? いつも埃が残っているのよ。そんな事じゃ、お嫁に行けないわよ? どうせ行けないでしょうけどね」
鞠江さんの嫌味に無言で頷きながら、桃実は小さく唇を噛みます。
鞠江さん、嫁をいじめる姑のようです。画的にどうよ。
「はい、洗い直しときます。お掃除もすぐやります」
桃実は涙をぐっと堪えつつ、鞠江さんの手からブラウスをひったくって洗濯機に突っ込みました。
また何気にキレてるでしょ、アナタ。

毎日毎日こき使われながら、嫌味を言われながら、それでも桃実はせっせと働きます。
夜になったら、屋根裏部屋の天窓からお星様を眺めて、病気で死んでしまった
実のお父さん(岩本雄一郎/元副担任教師)の顔を思い浮かべていました。
「イワちゃ……じゃなかった、おとーさま。桃実、がんばります」
桃実は胸の前で手を合わせて呟き、また今日も眠りにつきます。


そんなある日、お城からダイレクトメール(?)が来ました。
どうやらダンスパーティーのお知らせのようです。
「きゃーん、あやか絶対行くぅ! 何着てこっかにゃーん」
彩香お姉ちゃんは大はしゃぎ、鞠江さんの口元にも笑みに似た歪みが走ります。怖いよ、鞠江さん。
「あの、あたし……」
桃実が小さく口を挟むと、即座に二人は振り返りました。
「決まってんでしょ。桃実ちゃんは留守番」
冷たく桃実を睨み、彩香は言います。
「お掃除とお洗濯、きちんと出来るようになってから言いなさい」
姑のようなねちっこさで、鞠江さんも言います。
やっぱ、親子だね。血の繋がりって怖いね。

「……あたしも、ダンスパーティー、行きたい」
彩香と鞠江さんが行ってしまった後、桃実はひとり廊下を雑巾で磨きながら呟きます。
しかし、桃実が持っているのはぼろぼろの服ばかり。可愛い服や綺麗な服は全部、彩香と鞠江さんが持っていってしまいます。パーティーに着ていくドレスなんて、桃実には無いのです。
今度こそマジでキレそうになって、彩香お姉ちゃんに飛び蹴りを入れ、鞠江さんの顔にパイをぶち投げる自分の姿を妄想している桃実(危ないよそれは)の目の前が、急に光りました。
「わっ…眩しい、なにこれ」
ぼんやりとした光の中、突然ふたつの人影が現れます。
ひとつの人影は、黒いローブを身に纏った可愛らしい魔女っ子でした。
そしてもうひとつは、仏頂面で黙りこくっている男の子です。

「ダンスパーティーに行きたいの? なっちゃんが助けてあげよっか?」
可愛らしい魔女っ子、
なっちゃん(植野奈月/女子2番)が言いました。
その隣で、仏頂面の彼――
黒田チャン(黒田明人/男子6番)がぼやきます。
「ったく……なんで俺がよりによって植野と」
ぼやいた黒田チャンの鳩尾に、にこにこ笑うなっちゃんの肘鉄が入ります。
黒田チャンがぐはっと呻いてよろけました。カッコ悪。
「え? あなた達は……何? 誰? 夢?」
パニクっている桃実に、なっちゃんが笑顔で応えます。
「あたしは魔女っコなっちゃん! 隣の朴念仁はパシリの黒田チャン! あなたは?」
ぱちっと可愛らしくウインクして、なっちゃんは言いました。
「あ、えっと…桃実です」
桃実は困惑しながらも、言います。なっちゃんがぐっと親指を立てて頷きました。
「オッケ、桃ちゃんね♪ 本題入るけど、ダンスパーティー行きたいんだって?」
「え…うん、行きたい……けど、ドレスがないから行けないの」
悲しそうに俯く桃実の肩に、なっちゃんがぽんと手を置きます。
「元気出して! なっちゃんが助けたげるよん☆」
言うと、なっちゃんはくるっと振り返って傍らで退屈そうに欠伸を噛み殺している黒田チャンに向き直りました。
「黒田チャン、今すぐ最寄のデパートで一番安いカボチャとドレス着てるミカちゃん人形買ってきな♪」
突然命令された黒田チャンは、「はぁ?」と不満げに声を上げます。
「カボチャはともかく、なんで俺がミカちゃん人形買ってこなきゃいけねぇんだよ」
「うだうだ言ってないで、とっとと買ってきな!」
なっちゃんに促されて、黒田チャンはぶつぶつぼやきながらも最寄のデパートへ向かいました。

数分後、黒田チャンが帰ってきました。
「ほれ、カボチャとミカ人形」
溜め息混じりに、黒田チャンはカボチャとミカちゃん人形の入ったビニール袋をなっちゃんに差し出します。
「ありがと♪」
なっちゃんはそれを受け取ると、カボチャを庭先に置き、ミカちゃん人形を桃実に持たせました。
「カボチャよカボチャ、馬車になーれ★」
なっちゃんが呪文をかけると、庭先のカボチャがぽん!と音を立てて馬車に変わります。
「ミカちゃん人形のドレスよ、桃ちゃんのドレスになーれ★」
続いて、ミカちゃん人形の可愛らしいドレスと桃実のぼろぼろの服が入れ替わりました。
「わぁ……」
桃実の顔に、驚きと喜びが広がります。月野うさぎがセーラームーンに変身するときの気持ちがわかったような気がする。凄いよファンタジーって。
なっちゃんはにっこりと笑うと、桃実の手を引いて庭先の馬車まで歩きました。
「夜の12時には魔法がとけちゃうからね、男の子にテイクアウトされちゃダメよん♪」
「コラ、植野。やらしーコトまで教えてんじゃねぇよ」
黒田チャンに軽くツッコまれつつ、なっちゃんは桃実を馬車に乗せます。
「んじゃ、楽しんできな☆」
なっちゃんが小さく手を振ります。桃実は笑顔で頷きました。
「うん。なっちゃん黒田チャン、本当にありがとうね!」


やがて、馬車はお城に着きました。
「うっわぁ…人、いっぱい。美味しそーなごはんもいっぱい……」
普段から粗末な食事しか食べていなかった所為か、桃実はきらびやかな雰囲気やら王子様やらよりも豪華なお料理の方に視線が向いているようです。
ま、それも良しとして。(良いのかよ。)

ダンスパーティー会場の奥。上座では、
王子様(安池文彦/男子18番)がだるそうにやたらと豪華な椅子に座っています。
「……結局俺が王子かよ」
王子がぼそっと呟くと、隣に居た王子の側近、
幸太(荒川幸太/男子1番)土屋(土屋雅弘/男子10番)が王子に向き直りました。
「王子、気に入ったコ、見つけたか?」
土屋は王子のマントを小さく引いて、言います。
王子はざっと辺りを見回して、興味無さげに言いました。「……別に」。
「勿体ねぇな、折角王子なんだからオマエも楽しめよ」
幸太が呆れたように言いましたが、王子は溜め息混じりに応えるだけです。
「いーじゃん、お前らは適当にオンナ見つけて楽しんでくれば」
王子、かなり投げやりになっています。そんなに白タイツが嫌だったのでしょうか。
「だとさ。ま、王子もちゃんと楽しんどけよ」
土屋は肩をすくめて、上座から辺りを見回しました。幸太もそれに続きます。
この冷血王子のハートを射止めるのは、どんなオンナなんだか。

ふいに土屋の目に、壁に寄り掛かっている明るい金髪の美しい少女が止まります。
その少女――
理紗(穂積理紗/女子15番)は、この場に来てしまった事を激しく後悔していました。元々人付き合いは苦手だというのに、こんなところまでのこのこ来てしまった。理紗は溜め息を吐いて、ひとり輪から外れ、壁際で大人しくしていました。

続いて幸太の目にも、二つ結びの可愛らしい少女が止まりました。
その少女――桃実は、いつもの粗末な食事と違う豪華な料理に、未だに目を輝かせていました。
何にもしないのにごはんが食べれるなんて、超ゴージャス。苦労人だね、桃実ちゃん。
しかし、桃実の方も周りの女性たちに圧倒されて(彩香お姉ちゃんが大量発生してるような気分でした)、料理のお皿を片手に、ひとり輪から外れていました。

ともかく、まあ――間違い無く二人の少女はそれぞれ、土屋と幸太のハートを一発で打ち抜いた訳です。
土屋と幸太はほぼ同時に、王子の方に向き直ります。それから、声を合わせて吠えました。
『おい、王子!』
二倍分の声に、王子は片手で耳を塞ぎかけながらも「何?」と呟きます。
「あの、金髪美人に!」
土屋が理紗の方をびしっと指差し、言います。
「あの、二つ結びのかわいこちゃんに!」
幸太が桃実の方をびしっと指差し、言います。
『声、掛けてこい!』
凄い剣幕で同時に叫ぶ二人に、流石の王子も圧倒されました。
否、なんで自分で声掛けにいこうとしないんだろね。
「わかった、わかったけど……どっちから声掛けりゃいいんだよ」
二人を宥めながら言う王子に、土屋と幸太は顔を見合わせて、それから即座に互いの手を上げました。
『さいしょはぐー! じゃんけんぽん!』
声を合わせてじゃんけん勝負を始める二人の横を擦り抜け、王子はやれやれと溜め息を吐きます。
最初から、誰かに声を掛けるつもりなど王子にはありませんでした。
王子の心のマイスウィーツハニーは、きっと今頃地下室で煙草をふかしつつムチの手入れをして、王子の帰りを心待ちにしているであろう
ハセミホ女王(長谷川美歩/女子12番)だけなのです。
否、SMがどうのこうのでなくて。

――5分経過。
『あいこでしょ! あいこでしょ!』
土屋と幸太の白熱じゃんけんバトルは、未だにあいこ続きでした。流石、親友同士。こんなところまで気が合うとは、少々出来すぎた話なのでは(ry
「あーはいはい、もういいから、二人とも。俺、二つ結びの方に声掛ける」
王子が止めに入り、呆れた口調で言います。
幸太の表情がぱっと明るくなり、土屋はいきり立って吠えました。
「王子! オマエ、裏切るのか俺を!」
「っせー。お前らの相手してる俺の身にもなってみろ、バァロゥ(バカヤロウの意)」
最早キャラ違いな台詞を吐き捨てて、王子は上座を下っていきます。
階段を降り、壁際の二人に王子はとぼとぼと歩み寄っていきました。
その背中を見守る土屋と幸太、目が血走っています。怖。

桃実はお皿の料理をもぐもぐと口に運びつつ、ふと壁に寄り掛かっている金髪美人――理紗に視線を向けます。
瞬間、桃実はお皿を取り落としました。
がしゃん、と音を立ててお皿が床に落ちましたが、桃実はそんな事にも構っていません。
すっと伸びた理紗の体の細いライン、美しいさらさらの金髪、形の良い唇、通った鼻筋、少し吊り気味だけれど大きな瞳。彼女の美貌に、桃実は唖然としていました。あんな綺麗なコが、この世に存在していたとは……オーマイゴッ。カルチャーショック的衝撃に、桃実は打ち震えていたのです。

桃実がお皿を落としたのをチャンスだとばかりに「大丈夫っすか?」と口を開きかけた王子の横を擦り抜けて、桃実は理紗に歩み寄りました。
「……お友達に、なってください!」
勇気を振り絞って桃実が叫ぶと、理紗はちらっと桃実に視線を移します。
それから理紗は、見愡れてしまいそうな程の美しい微笑を浮かべ、口を開きました。

「うちで、ええんやったら。どーぞお好きに」
……関西弁ッ!?
桃実が驚愕しながらも、益々興味をそそられたように恍惚な表情を浮かべる向こうで、王子は肩をすくめ、土屋と幸太は全く同じタイミングで見事に階段からずっこけていましたとさ。

おしまい(逃。




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