みずほの身体が地面に崩れ落ちて、咳込み、えづき、ひゅうひゅうと息を吸う音がひとしきり聞こえた。それで僕は、自分の手から力が抜けたことに気付いた。
あと少しだった。手が届いたはずだった。なのに、みずほは僕に触ってくれた。呑み込まれる、と思った。呑み込もうとしていたのは僕の方で、だけど僕は本当にそうしたかったのか、急にわからなくなって、怖くなった。
縮こまって虫みたいになった僕の身体に、みずほの手が触れる。怖々と不器用な手つきで、僕の頭を、子どもにするみたいに撫でる。その手を僕は怖いと思う。触られているのも怖いし、振り払って失うのも怖い。優、優、とただ僕の名前を弱々しく繰り返すだけの彼女が、こんなにも愛しいのに。
こんなことをするくらいなら、殺してくれた方がいい。思っているのに、それを口に出してみずほに伝えることはできそうになくて、途方に暮れた。僕は本当は、みずほに呑み込んでもらいたくて、ずっと彼女を探していたんじゃないか。みずほはいつも硝子の向こうで黙っているだけで、だから呑み込むしかない、と思い込んでいたのかもしれない。
みずほは困った顔で笑っていた。僕はやっとみずほを見て、本当にあの赤い影法師みたいだなあ、と思い、微かに笑う。笑みは身体に染み渡っていくようで、そんな風に笑うのは、物凄く久しぶりだったような気がする。やっぱり、もう殺してほしい。急に不安が込み上げて、僕は腕を伸ばす。これ以上離れることがあるとしたら、今度こそ僕はみずほを殺してしまう。
手が届く前に、短く、爆音が響いた。なにが起きたのかよくわからなくて、けれど背中は慌しく痛み始めた。きょとんとした顔でみずほが僕を見ていて、僕は誰かが頭の中を覗いてくれたのかと思った。
頭の中でずっと流れていたメロディーを、口ずさんでいたのは、誰だったのだろう。僕はずっとみずほだと思っていたけれど、本当はみずほじゃなくて深雪だったのかもしれなくて、でももうそんなことはどうでもいいと、今は思った。みずほの腕が、僕を引き止めるみたいにぎゅっと、僕の身体を呑み込んだ。
[ending]-M05
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