■10

「っ痛ぇ…何すんだよ、テメェ!!」

迫田美古都(女子7番)は罵声を飛ばした。幸い、弾は腕を掠っただけだったものの、自分を撃った宮田雄祐(男子17番)に対する美古都の怒りは一向に治まらなかった。――あのヤロー、あたしを撃ちやがった!
「うっせぇよ!! 俺見てたんだ、お前、多村殺ったんだろ? やる気なんだろ、クソ!」
叫びながら、雄祐は美古都に向かって突っ込んでいった。イングラムが火を吹いた。しかし、弾はなかなか美古都に当たらず、代わりに周りの木や地面にたくさんの穴が開いた。

「ちきしょー、当たんねぇ!」
雄祐は美古都の腕をがしっと掴み、色素の抜けた茶色い前髪の上から額に銃口を突きつけた。――今度こそ、確実だ。美古都は一瞬、目を見開いた。ヤバイ、マジ殺られる――
次の瞬間、とっ、という音がした。雄祐のこめかみのサイドの髪を割って、ナイフが生えていた。今度は雄祐が、目を見開いた。
美古都は自分を掴んでいる雄祐の手から、力が抜けていくのに気がついた。思わずひっ、と声を上げて、その手を振り解いた。雄祐の体が、美古都の腕の動きに合わせてぐらりと揺れて、倒れた。

「何なんだよ…コレ」
美古都は動かなくなった雄祐を見下ろした。急に胃の辺りがもたれるような感じがして、足元の茂みに酸っぱい唾を吐いた。何、これ、誰が――

はっと息を呑んで、周りを見渡した。――そーだよ、コイツを殺ったヤツが近くにいるんだよ。突然、美古都の視界に、風景とは別のものが映った。ちょうど、左――雄祐のこめかみに刺さったナイフが、飛んできた方向だ――だった。

「ほ…づみ?」
すっと伸びた細い足、自分と同じようなルーズソックス、短いスカートの腰の辺りから少し見える赤いベルト。そしてセミロングの金髪、乱れた前髪の下から、少しキツい感じがするけれど大きな瞳で美古都を見つめているのは、間違いなく
穂積理紗(女子15番)だった。
「大丈夫か、みこ」
独特の関西訛りで言いながら、理紗は美古都に歩み寄った。それから、美古都の腕の方に視線を落とした。
「ケガしてんな。大丈夫そーやけど」

「あ…コイツ、穂積が殺ったわけ?」
美古都は、何事もなかったかのように固まったままの雄祐の指からイングラムをもぎ取り、雄祐のデイパックを物色し始めている理紗に、珍しく少し遠慮がちに尋ねた。
美古都に限った事ではない。学年の大半の女子は、何を考えているか分からなくて、どことなく威圧感のある外見をしている理紗には少し特別な態度を取っていた。
水谷桃実(女子16番)経由でクラスの女子とも最低限の会話くらいはするようになったものの、気が弱い女子などはまだ理紗に対して「怖い」というイメージを抱いていたし、クラスでも親友の桃実や明るい性格の高橋奈央(女子9番)くらいとしか話したりしていないようだった。確かに見た目がああなので、美古都のような不良とも付き合いはあったし、美古都も理紗とは仲が良かったが、今は状況が違う。
「まぁ、な」
理紗は自分のデイパックに、まだ封を切っていない雄祐のペットボトルとパンを突っ込みながら背中で答えた。
「……マジで?」
美古都はごくっと唾を飲んだ。手の平が、妙にべたついていた。理紗は、このゲームに乗っているのだろうか。
理紗がすっと立ち上がって、小さく呟く。
「…美古都」
スカートを翻して振り返った理紗の手には、イングラムがしっかりと握られていた。その銃口は、真っ直ぐに美古都の方を向いていた。

「ごめんな、悪いけど――」

次の瞬間、美古都は全速力で
多村希(女子10番)の胴体の側に転がったままになっていた斧に向かって走った。――銃に斧じゃ、敵うわけねぇけど、やんなきゃ、やんなきゃ――やんなきゃ、やられる!
ぱらら、という小気味よい音がして、美古都は背中に熱いものが押し込まれるのが分かった。そのまま小柄な体が、前方に倒れこんだ。

「死んで、もらうわ」
理紗はイングラムのトリガーに、すっと指をかけた。もう一度、それに力を込める。美古都の背中にもうひとつ、丁度左胸の裏側辺りに、穴が開いた。美古都の体は小さく二回痙攣し、それきり動かなくなった。



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