■12

「――ねぇ、ちょっと休んでいい?」

黙々と歩いていた
三木典正(男子16番)は、背後から聞こえた声に足を止めた。
「福原、どーかした?」
振り返ると、そこには地面に座り込んでいる
福原満奈実(女子14番)が居た。地面には草も生えていない。しかし満奈実は、スカートの汚れを気にする様子もなく、足を伸ばしてべったりと座り込んでいた。
「オマエなぁ…スカート汚れてんぞ。ちょっとは気にしろよ」
典正は呆れ顔で、満奈実の顔の前に手を差し出した。
「だってあーし、ずっと歩いてんだよー? あ、ありがと」
満奈実は典正の手を借りて立ち上がり、スカートに付いた土を払った。

典正は満奈実を休ませるのに丁度いい場所を探して、辺りを見回した。ふと、茂みの脇に生えた木が目に止まる。木の下には、丈の短い草も生えていた。

「あっちの木の下に座ろっか。福原、歩ける?」
「ん、だいじょぶ」
二人は芝生くらいの丈の草の上に腰掛けた。

「…いないね、ゆーこ。佐々木っちも」
満奈実が小さく呟いた。
「大丈夫だよ、多分生きてる…二人とも」

二人が探しているのは
佐々木弘志(男子7番)渡辺佑子(女子19番)だった。弘志とは普段から仲がよく、信頼できる相手だった。満奈実ともよく話していたし、典正はどうしても弘志と合流したかった。弘志は既に死んでいたが、二人は偶然にも弘志と全く逆の方向に向かっていたため、死体を見ていなかったのだ。
佑子は満奈実の親友で、満奈実が一番合流したがっていた相手だ。典正も勿論異議はなかった。弘志と満奈実しか知らない事だが、典正は佑子の事が好きだったからだ。
「でも、わかんねーよ…渡辺、俺が一緒だと嫌がるかも」
典正は溜め息混じりに呟く。それを聞いた満奈実は、大げさに「はぁ?」と声を上げた。

「何言ってんのー? なんでゆーこが三木のこと嫌がんなきゃいけないの?」
「だから…その、渡辺ってあんま喋ってくれないっつーか、今日もバスとかでそんなに喋ってくれなかったし」

典正は恋というものが全く苦手だった。昔、付き合っていた女の子に二股をかけられて以来、それが小さなトラウマになっていたのかもしれない。

「あのさぁー…」ポーチから赤いヘアゴムを取り出して、満奈実は言った。
「ゆーこって人見知りだし、あーしとか三木と違って人と話すの苦手なんだよー。特に男慣れしてないし、そのへんはゆーこだって悩んでんだからカンベンしてあげてよ。それにゆーこ、三木のことイイ人だって言ってたよ?」

その言葉に、典正の表情がぱっと明るくなる。

「まじすか!? いつ言ってた?」
「んー。4月くらい? 昔、犬がなんとかって言ってたよーな」
言って、満奈実はペットボトルの水を一口飲んだ。
「…なんだろ? 思い当たり、ないけど…でも、それって結局“イイ人”だろ? とにかくさ、俺が渡辺のこと好きなんて、口が裂けても…」

「――あ。」

髪を結び終えた満奈実が、典正の言葉を遮った。
「あーし、言っちゃったかも…」
典正が一瞬、写真に撮ったように固まった。

「え…言ったって、マジ…?」
「イヤ、それに近いこと。三木ってゆーこの事好きかもね、告られたらどーする? って。だいじょーぶだよ、ゆーこニブいから気付いてないよ」
満奈実が早口で訂正する。それを聞いて、典正はほっと息をついた。
「よかったー…気付かれてたら俺、渡辺と顔合わせらんねぇよ…で、渡辺はなんて言ってた?」
「ナイショ。ゆーこに逢えたら、自分で聞きなよ」
満奈実はちらっと舌を見せて笑った。

「何だよ、それー」
「あははっ」
二人は教室に居る時のように、穏やかに笑った。そして、ふと満奈実は口を開いた。

「なんかほっとするなー。こんな時でも、三木とはいつもと変わんないみたいに笑えるから。あーし、多分――死んじゃうのにね」
満奈実は努めて普段通りに、いつもの“明るくお喋りな福ちゃん”の笑顔を浮かべる。それでも語尾の辺りが、微かに掠れ、上ずってしまう。
典正にはそんな満奈実の笑顔が、いつもと違うように見えていた。満奈実はとてもよく笑う子だったが、普段の笑い方とは違う感じがする。少し、無理をしているような――そんな笑顔だと、典正は思った。
「福原…」
返す言葉が見つからない。こんな時――弘志、だったら。アイツだったら何か気の利いた言葉の一つでも返せるんだろーけど、俺には上手く言えない。
「あのね、三木。あーし、土屋のこと好きだったんだ」
先程とは全く違う、吹っ切るような明るい声で満奈実は言った。
「土屋?」
典正は
土屋雅弘(男子10番)の顔を思い浮かべながら、間が持ったことに少し安心していた(ホントに情けねぇオトコだよな、俺って)。
「最期に逢えたら、あーしの気持ち伝えるつもり。だから、三木もがんばってみなよ」
満奈実はにっこり笑った。先程のそれとは違う、いつもの元気で明るい笑顔だった。

「福原…なんか、オマエってすげぇよな」

典正の口から思わず漏れた言葉は、気の利いた言葉なんかじゃない、正直な感情だった。
「…そーかなぁ?」
微かに照れ笑いを浮かべ、満奈実は結った髪を掻いてみせる。それから思い出したように、もう一度口を開いた。
「そーだ、ゆーこって怖がりだから、建物の中とか隠れてるかも」
満奈実は素早く地図を取り出して、現在位置を確認した。

「ここ、D=06だって。こっちの集落行ってみない?」
「ま、ここに居てもやることないし、行こっか」


典正はデイパックから支給武器のスタンガンを取り出して、立ち上がった。とりあえず、護身用に持っとくか。
ちなみに満奈実の武器はどういう訳か、コンビニの弁当にでも付いてきそうな爪楊枝付き割り箸だった。これは満奈実の制服の内側ポケットに入れてある。その満奈実も、地図をデイパックに入れて立ち上がった。

「東の方行けば、多分――」
パン、と乾いた銃声がして、小さく満奈実が言った言葉は遮られた。

典正は一瞬、何が起きたのか解らなかった。しかし、満奈実の右腹部の白いセーラー服が赤く染まっているのを見て、はっと我に返った。

「福原っ!」
満奈実は少しふらつきながらも、背後を確認しようと振り返った。そこには――

「……あい、ちゃん…っ」

高く結い上げたポニーテール、丸くて大きい銀縁のメガネ。それは間違いなく、
志田愛子(女子8番)だった。



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