□13

志田愛子(女子8番)福原満奈実(女子14番)の白いセーラー服の下の方に出来た、赤い大きな染みを無意識に眺めていた。ベレッタM92FSを握る手は、未だにぶるぶる震えている。
「志田!」
三木典正(男子16番)は思わず、声を上げていた。――あの真面目な志田が、福原を撃った!?
愛子は我に帰ったようにベレッタを構え直すと、一発撃った。それは典正の右腕を少し掠って、地面に当たった。
間髪を入れずに、もう二発銃声が響いた。銃弾は満奈実の左肩を貫通し、体がくるっと右に反転する。二発目がその背中を捕らえて、満奈実は倒れこんだ。それを確認する事もなく、愛子は暗い茂みに向かって走り出した。

逃げなきゃ。早く。殺される。三木、くんに。福ちゃんも、きっと私を殺そうとしてる。生き残れるのは、ひとりだけなんだから。

青ざめたまま、愛子は走り続けた。今ドコ? 福ちゃんからどれくらい離れたの?
まだ。もっと、モットモット離レナイト。危ナイ。
三木くん、スタンガン持ってた。あれで私を殺そうとしてたんだ。絶対そうなんだ。

愛子は、自分が一部のクラスメイトから敬遠されていることに気付いていた。
特に
迫田美古都(女子7番)などからは、たびたびからかい半分の悪口を言われることもあった。小学5、6年生くらいから、遅くても中学に入学してからは、周りの女の子たちがやたらと見た目に気を使い出していた中、確かに自分は地味で浮いていたかもしれない。
――でも、私はそんな事に興味なんてないし、勉強やバレー部の練習だってがんばらなきゃいけない。高校受験だってあるし、期待してくれてるお父さんとお母さんのためにも、私は生き残っていい高校に受かるんだ。

バレー部の練習で鍛えた愛子の体力は、見た目からは想像できないほどだった。茂みの間を走っているせいで、足に擦り傷がいくつも出来たが、そんな事は愛子にとってはどうでもよかった。ただ、ひたすら走り続けた。


「福原!」
典正は満奈実の体を抱き起こし、必死に揺すった。満奈実が、うっすらと目を開いた。
「三木、あい、ちゃんは?」

「志田はどっか走ってった。もう大丈夫だから」
「…そっ、か」

満奈実の左肩の傷からは、まだ血が止まらなかった。典正は自分のスポーツバッグからタオルを取り出し(修学旅行用に持ってきておいた物だった)、満奈実の肩にぎゅっと巻きつけた。目の奥が熱くなる感じがした。

「死ぬなよ、福原」

満奈実の唇が少し細くなった。笑っているんだろう。
「なに……泣い、てんの」

「何言ってんだよ、泣いてねーよ」
典正が手の甲で目を擦って、精一杯笑った。満奈実はごほっと咳き込んだ。腕に赤い霧が飛び散って、満奈実は自分が血を吐いたんだと解った。
腹部のあたりにそっと触れると、少しぬるっとした血の感触がした。全身が重たくて、体を支えてくれている典正の腕に体重を預けた。
「三木」
力の無い声で、満奈実は言った。

「どした?」
「逢ってね、ゆーこに…逢ったら、言って。あーしと、とも、だちでいてくれて、ほんとにありがと、って」

なんとか言い切ると、典正は泣きそうな顔で頷いていた。

「あと、土屋に、逢えたら、あーしの…気持ち、伝えて。おね、がい」
典正は今度ははっきり「うん」と言った。満奈実も頬の筋肉を動かして、笑顔をつくった。

「ありがとう」

もう一度ごほっと咳き込むと、腹部に刺すような痛みが走った。満奈実はうっとうめいて、スカートの裾を握った。
「あーし…も、だめ……かも」
「そんな事、言うなよ…元気印の福ちゃんだろ?」

典正が笑うのがぼんやりと――視界が、狭くなってきているせいかもしれない――見えた。声はほとんど、涙声になっていた。満奈実はもう一度、笑った。
「み、き」
典正が拳で涙を拭いて、頷いた。満奈実は少し息を吸うと、一気に言った。

「生きて、ね?」
そのまま、満奈実はそっと瞳を閉じた。

「福原…?」
満奈実の首が、ぐらりと下向きに倒れた。典正は、腕にかかる重さが少し増えたのに気付くと、その体をそっと地面に仰向けに倒れさせた。

「…くそ…なんで、こんな………」

動かなくなった満奈実の手をぎゅっと握ったまま、典正は声を殺して泣いた。



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