■14

静まり返った部屋の中には、カチカチと時計の秒針が動く音だけが、やたらと大きく響いていた。医者の家だったのか、医療器具などが置いてあり部屋も多かった。病院の匂いが、微かにする。
「なぁ、これからどーすんだよ」

長い沈黙を破って、
大野達貴(男子3番)は少し苛立った口調で言った。
しかし、部屋にいる二人はそれには全く反応しない。
鈴村正義(男子8番)は出発してすぐに合流してからずっと何か考え事をしているようで、何を聞いても生返事なのだ。とりあえずその後、安池文彦(男子18番)を見つけて三人で、G=07に位置するこの家に隠れている。その文彦の方はと言うと、こちらも塞ぎ込んだように黙っていた。元々、文彦はそんなに活発な方では無かったが。
「なぁ、すずちゃーん」
達貴はふざけ半分で正義に後ろから軽く抱きついた。普段の正義なら、こんなおふざけにも笑って返答してくれる筈だ。

「やめてよっ!」
しかし、正義は達貴を強く突き飛ばした。
正義がこんな事をするのは珍しい。しかし突き飛ばされてついカッとなってしまっている達貴は、そんなことを考える余裕も無しに正義の肩に掴みかかった。
「何すんだよ!」
しかし、その色黒でごつい感じのする腕は、文彦によってすっと引き離された。

「二人とも、落ち着けって」

いつも通りに落ち着いた、少し冷たい感じのする声で文彦が制する。高ぶっている達貴の感情が少し冷やされ、達貴も大人しく引き下がった。

「……だってよー、コイツちょっと変なんだぜ? いつもはこんな奴じゃないし」

達貴は残った苛立ちを椅子にぶつけるように、大きく音を立てて座る。

「ごめん大野くん…ちょっと考え事してて」
正義が小さく呟き、ようやく顔を上げる。その顔には、濃い疲労の色があった。

「気にすんなって。こーいう時は変にならない奴の方が少ないだろ、普通に」
文彦はソファから立ち上がると、達貴の向かい側の椅子に腰掛けた。

「横になってていいよ」
「ごめんね、ほんとに……」
正義はソファに横になり、腕を目の辺りに当てて深く息を吐く。

「すずチャン、相当参ってんな」

テーブルの上に置いた名簿を取り、文彦はぽつりと呟く。黒に近い茶色のテーブルの上には、三人分の食料と水、それぞれの武器がまとめてある。正義の武器は
ピースキーパー4インチ、文彦の武器はトカレフTT−33、達貴は瞬間接着剤だった。
「何考えてんだ?」
達貴はテーブルに寄りかかるように頬杖を突いて、名簿(地図と一緒にデイパックに入っていたものだ)を覗き込んだ。テーブルがぎしっと軋んだが、こんな古臭いテーブルに、大柄な達貴が体重をかければ軋むのは当然だろう。

「信用できそーなヤツだよ、慎重に考えなきゃな」

文彦は顎に手をやり、足を組み直した。細く長身で、とび抜けてかっこいい訳ではないが整った顔立ちにはよく似合った仕草だ。

「まず、幸太だよな。アイツは間違っても人殺したりしねーよ。ってか、オマエはこんな時でも王子だよな」

達貴はやれやれ、と言った具合に溜め息をついた。

あれは、一年の頃だったか? 生徒会が考案した、文化祭に近いような行事の時に、白雪姫をパロディに仕立てた劇(中学校にしては、随分子供じみた事をするものだ)があった。その時、王子役だったはずの二年生の男子が当日に風邪で欠席してしまい、実行委員だった文彦が嫌々ながらに代役を押し付けられていたのだ。あまりにも似合い過ぎていた王子の衣装に、文彦はその後一ヶ月近く、友人から笑われ続けるハメになってしまった。
そして、3年になった今も文彦の通り名は「王子」だった。

「死ぬ間際になったからって、癖が治るわけじゃないだろ。幸太と…宮田は仲良かったよな。信用できるか?」
文彦は
宮田雄祐(男子17番)の顔を思い浮かべた。達貴と同じで熱くなりやすく、行事等の時はクラスの皆を練習に参加させたりして「熱血クン」ぶりを発揮していた。ほとんどのやる気のないクラスメートにとっては、それが少し鼻につくような事もあったのだが。
達貴は「モチ!」と大きく頷き、口を開いた。
「あいつ、クラスの奴等からは評判よくねーけど、ほんとはいい奴なんだよ。こないだなんかさぁ、小学校の頃借りたマンガ、絶交覚悟で返したらアイツすっかり忘れてて、記念モンになるから持っててよかったのによーなんて言って…おい?」

達貴は拳を握って熱く語っていたが、文彦がまた考え込むように名簿を睨んでいる事に気付くと、話すのを止めた。

「王子サーン?」
テーブルを叩いて呼びかけると、文彦がすっと顔を上げた。

「大野。俺、思うんだけど」

真剣に瞳を見据えられて、達貴は思わず椅子に座りなおした。
「なんだよ、いきなり」
「別に、宮田を信用してない訳じゃない。でも、今はいつ死んでもおかしくないような状況なんだ。普段はいい奴でも、ギリギリになると何をするかわからないだろ? 大袈裟すぎるかもしれないけど、例えば――親友だったヤツが自分を殺そうとしたら、その時は相手を殺るくらいの覚悟をしなきゃいけない。俺はそう思う」
「そうだよな。でも…」
達貴はぎゅっと拳を握ると、名簿に目を落とした。

「俺は、雄祐に銃突きつけられても信じたいと思う」

「わかってるよ」

達貴の言葉に、文彦はその整った顔に穏やかな笑みを浮かべる。ああ、解ってる――冷静に、慎重に。それでもやはり、信じる事は大切に。



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