□15

黒田明人(男子6番)は地図上ではC=06に位置する、小さなタワーの内部にいた。明人が調べてみたところ、四角柱の形をしたタワーは大まかに3階に区切られており、1階は集会場、2階は事務室、3階は倉庫になっているようだった。
事務室の椅子に腰掛け、ビスケットを一枚齧る。コーヒーメーカーは電気がないので使えなかったが、棚の奥には缶コーヒーがあったので、それを飲んでいた。これだけの食事だが、支給された不味いパンよりは幾分ましだ。デスクの上に置いた
シグ・ザウエルP232SLを手で弄りながら、明人は小さく息を吐いた。
器具庫には非常用の食料庫があり、そこにはかなりの食料が見つかった。しかし、自分に、そこまで長く生き延びる運と能力があるとは思えないので、とりあえず二食分になるくらいを拝借した。

どう足掻いても、死ぬ時は死ぬ。人間というものは、そういうものだと明人は思っていた。そう思うようになったのは何故なのか、自分でもよく解らない。しかし、これだけは確信があった。小学4年生の頃、従妹が交通事故で死んだ事が影響しているのは、きっと間違いないと思う。
死は、誰にでも平等に、突然訪れる。赤信号をのんびり渡るようになったのも、多少のケガでも動じなくなったのも、その考えからきたものだろう。そこまで考えて、不意に思考が途切れた。
――誰か来たか?
階段を静かに上る音。人の気配。事務室のドアが、微かに音を立てて開いた。

「……黒田?」

声変わり後の、男の声だった。明人は椅子ごとくるっと回転して、ドアの方を向いた。

「アンタ…川合、だっけ?」
野球部の練習で日焼けした肌、自然に伸びた耳下までの髪。今まで、特に印象に残った事もなかったが、確かに
川合康平(男子5番)だった。
「川合だけど…何してんの?」
康平は少し遠慮がちに――いや、恐る恐ると言った方が表現としては正しいかもしれない――明人に歩み寄った。

警戒されてるみたいだな、やれやれ。明人は心の中で苦笑すると、ビスケットを一枚齧って飲み込んだ。康平の物欲しそうな視線が痛い。
「…食うか?」
「えっ、いいよ…それ、黒田のメシだろ?」
「別にいいって。上に腐る程あるんだよ」
明人はビスケットの箱から、真新しい包みを一つ取り出した。

「あ…サンキュ」
康平は予想しなかった明人の態度に少し驚きながらも、にっこりと愛想良く笑って包みを受け取る。

「コーヒー飲むか? オレンジジュースもあるけど」
棚の奥をごそごそ探り、オレンジジュースの缶を出して明人は言った。
「いや、コーヒーでいいよ」
胸の前で手を合わせて、康平はビスケットの包みを開いた。
「あ…武器。なんだった? 俺は、コレだけど」
明人はデスクに置いたシグ・ザウエルを手にとり、康平に見せた。康平はごくっとビスケットを飲み込み、「銃? すっげぇ…」と感心するような言葉を洩らした。それはどこか“殺し合い”という実感は無く、ただ目の前の物について素直に思った事を言う子供っぽさがある。康平はデイパックの中に手を突っ込み、中から茶色い小瓶を取り出した。

「俺のは、これ」
「なんだこれ?
 青酸カリか」
明人は小瓶を受け取り、ラベルの記号を読むと、それを康平のデイパックに戻した。
「何書いてんだ?」
明人はビスケットの最後の一枚を飲み込み、口を開く。隣のデスクでは、康平が引き出しにレポート用紙に、適当なペンで何かを書こうとしていた。

「オイっ! 見んなよ」
康平は慌ててレポート用紙を隠す。その慌てぶりを見ると、何やら大事な手紙を書いているようだ。

「へいへーい」
明人は適当な返事をすると、椅子に腰掛けた。

――何から書けばいいんだろ…

康平はペンを回して、ぼんやりと言葉を探す。思い浮かぶのは、彼女――
横井理香子(女子18番)の姿ばかり。ちゃんとした言葉は思いつかない。
しばらく空を眺めていたが、ふと思いつくとペンを握りなおした。
『横井へ』
「横井へ?」
「うわああっ!!」

紙に書いた事をそのまま口に出され、康平は驚いて振り返った。そこには、上から見下ろすような形でレポート用紙を覗き込んでいる明人の姿。康平は無茶苦茶に狼狽し、その口元を数回震わせてから、押し出すように言葉を飛ばした。

「黒田っ! マジで怒るぞ!?」
と言いながらもう本気で怒りかけている康平を、明人は手を前に出す仕草をして宥める。

「わりぃわりぃ、まさかラブレターだったとは知らなかったもんで」
「別にラブレターじゃねぇよ! いいから黒田はメシ食っててくれよ」
今度覗いたら、流石に康平も本気で怒りそうだ。明人はもう一度椅子に座り直して肩をすくめ、缶コーヒーを飲んだ。
「で、川合はこれからどーするんだよ」
明人は手紙を書き終え、それで紙飛行機を折っている康平に尋ねた。
「うん。俺、ずっとやらなくちゃって思ってた事があるんだ」
缶コーヒーを一口飲んで、康平は答えた。

「法律で決まった事だからって、昨日まで友達だったみんなで殺し合うなんて絶対間違ってる」
康平は強い口調で言った。普段からこれと言った意見を言わない康平が、こんなにはっきりとした意思を示したのは初めてだった。
「みんなきっと、怖いだけなんだと思うんだ。どうすればいいかわからないだけなんだよ。だから…」

「おい…川合」
康平が言おうとしている事は、明人にも解った。
上手くいく確率は、かなり低い。
「みんなで、どうすればいいのか考えればいいと思う」
「でも――クラス全員、アンタと同じ考え方じゃないんだ。中にはやる気になってる奴もいる。自殺行為じゃねーか」
明人は康平をじっと見据えた。本当に、解ってるのか?
 ――しかし康平は首を縦に振り、笑った。
「いいんだ。俺、今までずっと人に流されるみたいに、普通に生きてきたから。だから最期くらい、自分が正しいと思うことをしたいし」

川合は本気なんだ。俺に止める権利なんて、ない。明人は缶コーヒーを飲み乾すと、椅子から立ち上がった。

「じゃあ、行くか。三階にメガフォンがあったな」
「ダメだよ。黒田は早くここから出なきゃ、危ないじゃん」
明人の腕を掴んで、康平はそれを引き留める。

「人間ってもんは、死ぬ時は死ぬんだよ。どーせ、いつ死ぬか分かんないんだから、俺も付き合う」
言って、明人は笑ってみせた。

「…なんか、黒田ってもっと怖い奴だと思ってたけどさ、全然感じ違うよな」

康平は紙飛行機を制服のポケットに入れると、言った。

「ありがとう、黒田」



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