■16

夜食代わりのポップコーンを一つ摘まんで、ひゅっと高く投げる。宙を飛んだそれは、ポップコーンを投げた本人――
荒川幸太(男子1番)の開けた口に入った。
「幸太ってさ、そーゆうこと得意だよね」
水谷桃実(女子16番)も口をもぐもぐ動かした。
「そーかな? 男同士でよくやるんだよなー。口に入るとけっこー達成感あるしさ」
幸太はにっと笑い、二つ目のポップコーンを摘まんだ。
よかった…笑ってくれたみたい。幸太がやっといつもの調子を取り戻してくれた事に、桃実はそっと安堵の息をつき、手元の懐中電灯を立て直した。その安堵の所為か、考えなければいけない事を無意識に口にした。
「これから、ずっとここに居る?」
幸太は少し顔をしかめた。確かに、このままずっとここに居ても困る事は無いだろう。しかし、本当にそれでいいのだろうか?
「…わかんねぇ。俺の頭じゃ、ここから脱出する方法とか、思いつかないし…水谷は、やりたい事とかない?」
「あたし?」
桃実は小動物のような瞳をくるっと丸くした。やりたいこと? 瞬間、ふと思い出したのは理紗の顔だった。理紗が一緒に居てくれたなら、どんなに幸せだろう。でも……もう、無理なんだ。もう、理紗はあたしと一緒に居てくれない。
「あたし…は、リカちゃんとか福ちゃんとか、かなとか、奈央とかに逢いたいかな…」
桃実が普段、教室で一緒に居る事が多いメンバーの名前。
その中から、理紗の名前だけがない事には幸太も気付いていた。桃実なりに、理紗とは決別したのだろう。

そんな事を思いながら、幸太は逢いたいと思っているクラスメートの顔を浮かべた。割と人見知りしない方だし、大抵の奴とは喋った事がある。その中で、真っ先に浮かんだのは、付き合いも長い
土屋雅弘(男子10番)だった。
「俺は、土屋に逢いたい」
「土屋くんかぁ…」
桃実は雅弘の姿を思い浮かべた。教室のドアの前でぶつかった時に、「ごめん、大丈夫?」と優しく謝ってくれたのを覚えている。バスケが上手で、よく幸太や他の仲間と一緒にバスケの練習をしていたのを、そっと眺めていた。正確には桃実は幸太の方を眺めていたのだが、確かに信用できる相手だ。
「逢えたらいいね」
桃実はにこっと笑った。雅弘を、合流できる相手だと認めたという事だ。
「うん」
幸太はそっと頷くと、空になったポップコーンの袋を丸め、小さなビニール袋に入れた。それをデイパックに放り込む。
桃実の私物だったお菓子は、3分の1ほどを二人で分けた。支給されたパンは不味く、あまり食べる気がしなかったが、チョコレートと一緒に流し込んだ。
「今、10時37分か。じゃあ、45分になったら探しに行こっか。それまで、充分休んどけ」
幸太は手元の腕時計(幸太の私物だった)をちらっと見て、言った。
「うん」
桃実は頷きながら、ふと、ある人物の事を思い出していた。

言わない方がいい事は解っている。言ってもどうしようもないって事だって、解っている。
それでも、その言葉は桃実の口から零れていた。
「先生…今頃、何してるのかな」
突然だった。本当に、突然だった。幸太はゲームが始まって以来、考えないと心に決めていた人物の名前を出され、思わず言葉を失う。このクラスの生徒が「先生」と呼ぶべきなのは二人居たが(因みにあの担当教官は論外だ)、どちらを示しているのかは考えずとも判った。
「…さぁな。ぐっすり寝てんじゃねーの?」
突き放したような言い方。よくないとは解っていても、この事に関しては抑えられない。
それで、桃実が少し悲しげに眉を寄せて言った。
「でも、先生だって心配してるかもしんない…」
「アイツは、俺らの事なんか大っ嫌いだろーし」
幸太は苛立った声で、桃実の言葉を遮った。
「そーかもしんないけど…でも、そんな言い方しなくてもいいじゃん……」
顔を上げると、今にも泣き出しそうな桃実の顔がそこにあった。その表情に、後味の悪い罪悪感を覚える。
「…ごめん」
「ううん…あたしも、先生のことは好きじゃなかったし、だから先生に嫌われてても文句なんか言えないから」
幸太はこくっと頷いた。俺もだ。憎まれてたとしても、原因を作ったのは俺らなんだ。
「この話、もうやめよーな。とりあえず忘れとこ」
桃実が黙って頷くのが、見えた。

その時だった。ガガッという不鮮明な音が、何処からか聞こえた。幸太は眉をひそめると、懐中電灯を消し、静かに農具庫を出た。周りの木よりも少し高い位置に、ちらちらと光が見える。
「あれ…なに?」
続いて農具庫を出てきた桃実も、遠くの光を見つけたようだ。
『おーい、みんなーっ! 聞こえてるかー?』
突然、遠くの光の方から、スピーカーを通したような声が響いた。



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