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「俺、川合康平だよー! みんな、戦うのは止めてここに来てくれーっ」
メガフォンを口元に当てて叫ぶ
川合康平(男子5番)の傍らで、黒田明人(男子6番)は一斗缶の中に燃え上がる火の中に、書類の束を投げ入れた。
器具庫で見つけた空の一斗缶と、ありったけ拝借した紙類。それと私物の百円ライター(何で持ってるかって? それは聞かない約束だろ)で焚いた火は、そこそこ燃えた。こんな暗闇の中だ、これくらいでも目印としては充分だろう。手には懐中電灯を握り、空に向けている。パチンコ屋のサーチライトみたいだ、と康平がつい先程言っていた。

「みんな、どうすればいいかわかんないだけなんだろー? だから、ここに集まってこれからどうすればいいか考えよーっ!」
康平がまた叫んだ。明人はもう一つの一斗缶に古新聞を投げ込み、言った。
「それ、貸してくれ」
康平は頷き、メガフォンを明人に渡した。
「俺、黒田だ。俺は自分が、みんなから信用されるような奴じゃないって事は解ってる」
明人はそこで区切ると、きゅっと唇を噛んだ。
「でも…川合の勇気は、無駄にしないで欲しいんだよ」
「…黒田」
明人は黙って康平の顔を見ると、メガフォンを康平に返した。――筈、だった。

きゃははは、と高い笑い声が聞こえ、乾いた銃声と共に康平の体が崩れた。康平が取り逃したメガフォンは、屋上の柵を越え、下の暗い茂みの中に消えていった。
「なっちゃん参上★」
屋上に上がる階段のすぐ前で
ブローニング・ハイパワー9ミリを構え、いつものように、あははっ、と笑いながら立っているのは、植野奈月(女子2番)だった。
植野――コイツ、やる気なんだな。
妙に冷静だった。明人は、黒いズボンのベルトの間に挟んだ
シグ・ザウエルP232SLをすっと抜き出し、奈月に向けた。
「黒田、いーもん持ってるね」
奈月はまた笑い、明人に歩み寄る。明人はそれには答えず、倒れている康平に目を落とした。撃たれたのは腹の辺りのようだ。その傷を見て、明人は少し考えた。
「俺は…お前を殺す気はない。銃が欲しいんだったら、コレやるよ。その代わり、早くどっか行ってくれ」
明人は手にした銃を床に投げ出した。とにかく――康平から、奈月を離さなくてはいけない。
ふいに、康平の体がそっと起き上がった。よろめきながらも、柵に寄り掛かって立つと、制服のポケットから白いものを取り出し(明人には、それが何だかすぐに分かった。事務室で書いていた、紙飛行機だった)柵の外に向かって、飛ばそうとしていた。
「こーちゃん、何してんの?」
奈月が銃口を康平に向け直し、言った。すかさず、銃声が二発響いた。康平の背中がびくっと反り、背中と肩にもう二つ、穴が開いた。しかし、その反動かそれとも、康平の意志か――紙飛行機は、風に乗って飛んでいった。
「植野!」
明人はシグ・ザウエルを拾い上げ、奈月に向けた。躊躇なく、一発撃った。しかし、その前に奈月は動いていた。銃口はしっかり明人に向けたまま、素早く地面に伏せていたのだ。
「もー死んだよ、多分」
奈月は言って、甲高い声で笑った。本当に、楽しくて楽しくてたまらない、といった具合に。
それを聞いた途端、明人は胸に何かが込み上げてくるのを感じた。川合――中学に入学して以来、数回しか話した事のない自分を、信用してくれた川合。

次の瞬間、明人の左手は大きく音を上げて、奈月の右頬を打っていた。
「俺、今までずっと、別に死んでもいいって思って生きてきたけど、今は嫌だ」
怒りを抑えた、低い声だった。
「お前みたいな奴にだけは、殺されたくねぇな」
奈月は殴られた頬を押さえるでもなく、真っ直ぐに明人の目を見ていた。
その顔に少しだけ、驚いているような表情があったが、それはすぐに悪戯な笑みに変わった。明人はその笑みを不信がり、眉をひそめたが――すぐに、奈月が動いた。胸ポケットからカッターナイフを取り、素早く刃を出した奈月は、そのまますっと明人の隣を駆け抜けた。とっさに明人は避けたが、左腕にちりっと痛みを感じた。
「…っ」
明人が左腕に視線を落とすと、赤い血の線で、斜めに十字が描かれていた。避けたお陰か、傷は浅かった。
「それ、果たし状だと思っといてね。今は殺んないであげるから♪」
奈月はカッターナイフを仕舞い、康平のすぐ側に置いたデイパック(明人のものは一斗缶の側に置いてあった。それに手を出さなかったのは、「今は殺んないであげるから」という意味を、そのまま示しているのだろう)を拾い上げた。そして、左手の人差し指を立てると、「ばーん☆」と言って明人を撃つ真似をしてみせる。ふざけている子供のように。
明人は呆然としてそれを見ていたが、奈月は構わず踵を返して階段を降りていった。その背中からまた、あはは、と笑い声が聞こえた。

嵐が去り、屋上はまた静まり返っていた。明人はそっと、動かなくなった康平に歩み寄った。少し血に汚れたその顔は、何故だか穏やかだった。
「川合、ごめんな……」
柵にもたれかかったままの康平の体をそっと起こし、床に寝かせると、明人は静かに階段へ向かった。
炎は、幾分弱くなっていた。



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