■18

穂積理紗(女子15番)は木の幹にもたれ、座り込んでいた。デイパックから出した地図で確認すると、ここは多分C=03だ。川合康平(男子5番)黒田明人(男子6番)がタワーで呼びかけを行ってから、もう30分程経つ。理紗は二人を殺そうとはしなかった。自分以外のクラスメートが“やる気”ならば、その生徒が殺ってくれるだろうし、何より理紗は疲れていたのだ。
迫田美古都(女子7番)宮田雄祐(男子17番)を手にかけてからもう充分な時間が経っているにも関わらず、何故か胸には“あの時”のような複雑な感情が込み上げていた。たかがクラスメートを殺すだけの事が、こんなにも精神的な疲れを起こすとは思っていなかった。

深く溜め息を吐き、理紗は首元に垂れるネックレスに目を落とした。鎖にはめた銀のプレートには、黒いドクロが彫ってある。
四月の始業式、晴れた日の事だった。理紗は始業式(覚えているものが居るのか判らないような校歌を唄い、校長の無駄に長い話を聞くだけのものだ)をサボり、非常階段に向かっていた。しかし、そこには先客が居たのだ。
一人黙って煙草を吸っていた、迫田美古都だった。
その時、美古都がつけていたこのネックレスを、理紗は何となしに、それえーなぁ、どこで買ったん? と尋ねてみた。すると美古都は、あげよっか? と笑い、それを理紗の首につけると、似合うじゃん、と感心したように言ったのだ。
やる事がころころ変わる美古都の事だ、ほんの気紛れだったのかもしれない。しかし、理紗にとってはその気紛れが、少し嬉しかった。――その美古都も、自分が殺したのだ。
「…あかんわ」
ずっと考えないようにしていた事を思い出してしまい、理紗は頭を振った。
生きるって決めたんや。後悔すんのはまだ早いわ。きゅっと唇を引き結び、理紗は思い直した。
その時だった。突然、視界の隅で何かが動いたような気がした。理紗は
イングラムM11サブマシンガンを肩に掛け、左手にを持った。――誰?
ふと、白いシャツが見えた。どうやら男子のようだ。斧をぎゅっと握り、理紗は身を低くして、その白いシャツに近付いた。白いシャツの誰かは、屈み込んで足元をごそごそと弄っていた。
――殺んなら、今や。
理紗は身を低くしたまま、そっとその背中に歩み寄った。影まで、あと一メートル。斧をすっと振り上げ、立ち上がった。

「…穂積、だろ?」
突然、白い影が背中を向けたまま言った。話しかけられた事、名前を言い当てられた事に驚き、理紗は斧を降ろしかける。油断できない相手だ。斧を地面に捨て、理紗は右肩のイングラムを手元に握りなおし、頭に狙いを定めた。
「こんなトコで靴紐結んでんか、余裕やな。土屋」
靴紐を結び終え、ゆっくり振り返った白い影は
土屋雅弘(男子10番)だった。
かつん、と雅弘の眉間に銃口を突きつける。しかし、雅弘は怖がっているというよりも、信じられないといった表情で、すっと理紗の瞳を見据えた。
「なんや」
理紗は細い眉を持ち上げた。なんだ、この男は。銃を突きつけられているというのに。
「穂積…やる気、なんだな」
「そーやで。文句あるんか?」
そこで雅弘は、少し打ちのめされたような表情になった。理紗も気付かないくらい、少しだけ。
「なんやねん、土屋。アンタ訳わからんわ」
理紗は不思議なものを見るような目で、雅弘を見下ろした。
「…じゃあ、俺と組まない?」
雅弘は変わらず、理紗の目を見て言った。理紗は一瞬、その少しつり気味な瞳を丸くした。雅弘が何を考えているのか、全く解りかねていた。
「そんなん…いきなり……いきなり、言われた…って、信用できるわけないやん」
珍しく歯切れの悪い物言いだった。雅弘は少し苦笑し、言った。
「落ち着いて、考えてみ? お前が生き残りたいんだったら、男と組んだ方が効率いいし、俺も一人より二人の方が楽だし」
理紗はまた雅弘を見下ろした。雅弘の表情はさっきとは違い、落ち着いている。口調もしっかりしていた。それに、雅弘の言った事も筋が通っている。力では男の方が上だし、本気でかかって来られたら敵わないかもしれない。しかし――雅弘だって、男だ。もしも隙を衝いて、襲い掛かってきたら?

「嫌なら、いいけど」
雅弘は言って、ポケットの中に手を入れた。それを見た理紗は、思わず全身が強張るのを感じた。あのポケットの中に、銃が入っているとしたら――今、ここで戦う事になるのだろう。
「待って。わかったわ、うちと組んで」
反射的に、口が動いた。理紗は言ってから、少しだけ後悔した。そして、その後悔をかき消すようにすぐに唇を開いた。
「そやけど」
雅弘は黙って、頷いた。その顔は相変わらず、しっかりしていた。
「土屋がうちを殺ろーとしたら、そん時は覚悟しといて。うちもマジやもん」
理紗は言うと、捨てた斧を拾い上げた。
「わかった。それ、穂積のヤツか?」
雅弘はやっと、斧に視線をずらした。理紗が少し手を動かして、斧がぎらっと光った。
「うちのはナイフや。アンタには、コレとコレやるわ」
理紗はデイパックの先から出ている持ち手を引っ張って、金属バットを取り出した。そして、斧とそれを両手に持ち、雅弘の前に差し出した。雅弘はそれを受け取り、まじまじと見つめた。
「まぁ、殺せない事はないけどさ」
雅弘はデイパックのジッパーを引き、中に金属バットを押し込んで言った。
「だって、そーゆーもんはオトコが扱う方が威力あるやろ。それに、まだ土屋の事信用してる訳やないし、当たり前やん」
理紗はさらりと言ってみせた。雅弘はその言葉に苦笑し、デイパックを持ち直した。
「じゃ、行くか」
立ち上がり、二人は歩き出した。

ちゃんと、落ち着いた表情作れてたみたいだな。
雅弘は理紗の隣を歩きながら、そっと息を吐く。――落ち着く、か。その言葉と共に脈拍無く
安池文彦(男子18番)の顔を思い浮かべ(アイツはいつも落ち着いてる、冷血な王子様だかんな)それから続いて、文彦と同じくバスケ部の仲間であり、そして親友である荒川幸太(男子1番)のことも思い出した。日頃仲の良かった二人の事を思うと、同時に少しだけ悲しく、申し訳無い気持ちにもなった。が――
こうするしかない。こうするって、俺が決めたんだ。
ふと視線をずらし、理紗の横顔を見る。真っ直ぐに前を見る大きな瞳。その瞳の中には、強いけれど、少し濁った光があった。

「なんや、じろじろ見んでよ」
雅弘の視線に気付き、理紗は怪訝そうな顔で彼に視線を返す。
「わりぃ、何でもない」
それだけ言って、雅弘は視線を元に戻した。――最期になったら、殺されてもいいんだ。それまで、傍に居られれば。
雅弘はもう一度、ポケットに手を入れる。中から覗いた支給武器のリンゴ型キーホルダー(ていうかコレ武器じゃねぇよな)にちらっと視線を落とし、少しだけ皮肉めいた笑みを浮かべると(“あの”穂積サンにも、ハッタリって意外と通用するんだな)、理紗に気付かれようにそれをそっと、足元の茂みに捨てた。
第一関門は、クリアってトコか。



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