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ほっと胸を撫で下ろし、それから――水谷桃実(女子16番)はほとんど反射的に、遠藤茉莉子(女子3番)を見てしまった。何故だかは上手く説明できない。ただ、あんな姿になってしまった鬼頭幸乃(女子4番)を見て、茉莉子を少し気の毒に思ったのかもしれない。
桃実がそっと向けた視線の先では、無表情のまま固まっている茉莉子がいた。

「それじゃあ、プログラムの説明をしまーす。皆さんで殺し合って、最後の一人になったらゲームはおしまい。優勝者の人にはぁー、一生涯の保証あーんど総統陛下直筆のサイン色紙をプレゼント☆しちゃいまーす」
そしてあゆは黒板に適当な円を書き、その円の縦横にしゃっしゃっといいかげんな線を引く。続いて円の中心近くに三角を書き、縦と横に数字とアルファベットを書いた。

「この円が、みんなが今いる島です。東京のずーっと南にあります。住民の方々には仮設住宅に入ってもらってるんでー、皆さんの他にはだーれもいません。それで、この三角がここ、分校だよー。みんなはここから出発してくからねー。出席番号順ですよぉー」
淡々と進むあゆの説明も、あまり桃実の頭には入っていなかった。ここを出たら、ホントに殺し合いが始まっちゃうんだ。あたし、どうしたらいいんだろう…理紗は? 桃実はちらっと隣の列の一番後ろの
穂積理紗(女子15番)の席の方を、瞳だけ動かして見た。
理紗は先程と全く変わらず、何かとても苛立っているような刺々しい視線で真っ直ぐに前を見据えていた。
「はいはーい、出発する前に首輪と禁止エリアについて説明するからねー。皆さんがつけてるそのショボそぉな首輪はー、みんなが何処にいるか、生きてるか死んだかわかるようになっててぇ、絶対壊れないし外れませーん。見た目ダサイけど結構すごいっしょ? あ、ちなみに無理に外そうとすると爆発するから注意してねー」
その言葉で、首輪をいじっていた数人がぎょっとして手を離した。
「あと先生が爆発させる事もできるからね。禁止エリアに入った時も爆発しまーす。あ、禁止エリアっていうのはぁー、時間が経つごとにこのマス目のどっかが指定されてくからねー。禁止エリアの指定は1日4回の放送でちゃんと言うから聞き逃さないよぉに。この校舎があるE=05は最後の人が出発して30分経ったら禁止エリアになるから皆さんとっとと出てこーね。あと、24時間誰も死ななかったら残ってる全員の首輪が爆発してゲーム終了でーす。優勝者ナシになっちゃうよー」

そこまで一気に言うと、あゆは側に立っている兵士に「リナちゃん、小泉さんあれ持ってきて」と言った。
あゆの側に立っていた兵士二人――どう見ても高校生くらいにしか見えない女(多分こっちが「
リナちゃん」だ)とライオンだかベートーベンだかわからないような髪型をした年配の男(とするとこっちが「小泉さん」?)の不釣合いなコンビ――は、あゆの命令を受けて黒いデイパックを積んだ荷台を教室の入り口近くに運んできた。
「この荷物の中には会場の地図とぉ、食料と水、コンパス、懐中電灯、腕時計と武器が入ってまーす。武器はランダムで入ってるからいいのも悪いのもあるよー。女の子でも生き残れるようにって配慮らしいです。ナントカ要素、だっけぇ?」
「不確定要素ですよぉ、あゆセンパーイ。それくらい覚えてください」
リナという兵士がへらへら笑いながらツッコミを入れた。なんで――なんでこんな時に、笑えるんだろう。
「んーはいはい、フカクテイヨウソねー」あゆが適当に相槌をして、それから黒板の上、壁掛け時計の針を見上げた。「じゃあ、キリいートコで6時から出発してもらうからそのつもりでねー。あと2分かなぁ?」

桃実も、壁掛け時計に視線を向けた。確かに、6時近くなっている。いつもの教室――丹羽中学校の3年4組の教室にあるそれとは違う、ちょっと古びた感じのものだ。いつもの教室。もうきっと戻れない、3年4組の教室。落書きだらけの黒板、見慣れたロッカーに並ぶクラスメートの荷物。そんな光景とともに、ふと桃実の脳裏に彼の顔が思い浮かんだ。
イワちゃん――
岩本雄一郎(元副担任教師)。彼は今頃、どうしているんだろう?
確かバスの中では、いつも通りだった。もしかすると、自分たちがプログラムに選ばれた事を認めて、家に帰ってしまったのかもしれない。
そう思うと、いつも慕っていた岩本のことも少しだけ恨めしく思えたが――しょうがないよ、イワちゃん、奥さん居るもん…――だけど、だけどでも――イワちゃんだったら、あたしたちのこと見捨てたりしないって、ちょこっとだけ、思ってた。
それからふと続いて、“彼女”の顔も思い浮かびかけたのだが――あゆの声が、それを遮った。あっという間に、2分経っていたようだ。
「――6時になったねー。じゃ、出発してくださーい。男子1番、荒川幸太くん。2分間空けてに麻生さんねー」

名前を呼ばれた
荒川幸太(男子1番)が幾分乱暴に、がたっと席を立つ。小泉からデイパックを受け取り、鬼頭幸乃の死体の前に座った。すかさず、小泉が銃を向ける。
「目、閉じさせてやるだけだよ」

幸太は小泉をきっと睨みつけて、幸乃の瞼に手を触れた。もう、冷たくなっていた。
死後硬直が始まっているのか、閉じさせる事ができない。躊躇いがちに幸太が手を離しかけると、小泉が横からそっと白いハンカチを掛けた。幸太は驚いたように小泉の顔を見たが、やがて黙って教室を出ていった。

「――次、女子15番、穂積理紗さん」
理紗は平然とした表情で、桃実の横を通り過ぎた。桃実は理紗を見たが、目は合わなかった。何か伝えておけばよかったと少し後悔して、桃実は唇を噛んだ。
「次、男子16番。三木典正くん」
三木典正(男子16番)は少し緊張した面持ちで、教室を出ていった。桃実は自分のスポーツバッグの中から、お菓子や、動きやすそうな服を取り出して小さめのリュックに移した。それを持って、自分の番を待った。
「次、女子16番。水谷桃実さん」



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