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佐々木弘志(男子7番)は、支給武器の金属バットを構えて辺りを見渡した。誰もいない事を確認すると、肩の力が自然と抜けた。
まったく、殺し合いなんて冗談じゃねぇ――ふぅっと息をついて、弘志はその場に座り込んだ。本当に運がいいねぇ、俺は。こんな幸せゲームに参加できるなんてな、笑っちゃうかも。俺、多分死ぬんだよなぁ。短い人生だったな。せめて、部活の夏大会、出てからが良かったよ。弘志は思った。
…今はそんな事を考えても仕方ないか。とりあえず、合流できそうな奴を探そう。弘志は考え直し、クラスメートの顔を思い浮かべた。次に出てくるのは、迫田美古都(女子7番)――あの、ちょっと派手で不良っぽい女の子。そんなに信用できなさそうだった。
合流するなら、親友の
三木典正(男子16番)がベストだ。小学校の頃からの付き合いだし、信用できる。ああ、典正に会いてぇ。しかし、典正には自分の他に合流したい奴がいる、と言う事を弘志は解っていた。やっぱ、いざって時は恋だよなぁ。

先週の日曜日、ゲーセンで遊んだ帰りに寄り道してハンバーガーを齧っていた時、典正が唐突に言ったっけ。
「あのさぁ…好きなんだけど」
弘志の手が止まった。――え? オマエ、何? ゲイだったの? 否、俺もオマエの事はいいダチだと思ってっけど、好きなんて言われたら――複雑じゃねぇか。変な勘違いをしている弘志をよそに、典正はいつになく真剣な表情で続ける。
「同じクラスの、渡辺……マジ、惚れた」
その言葉に、弘志はとりあえず自分の勘違いに気付き、ほっとしたように肩を降ろしたが――典正の口から零れた、あまりにも意外な渡辺佑子(女子19番)の名前を聞くと、もう一度手を止めた。
「え? あの、ちょっと――」暗い、と喉まで出かかったがハンバーガーと一緒に飲み込んだ(そりゃあ、親友の好きな女の子に暗いだなんて、失礼ってもんだ)。「大人しい子? 意外じゃん。お前だったら、福原とかの方が似合いそうだと思うけどなー」
弘志は普段から一緒に騒いでいた、
福原満奈実(女子14番)の名前を口にする。典正もそれに頷いた。
「おう…最初、いいなって思ってたのは、福原なんだけどさ」
「ふーん…ま、気ぃ合いそーだしなぁ。で、なんで福原から渡辺になったわけ?」
弘志の問いに、典正は俯いて答えた。
「解んねぇんだけど…福原見てたんだよ、最初…でも、気がついたらいつも渡辺見てて…福原と渡辺、いつも一緒だしさ」
ぽつりぽつりと喋る典正の顔は、少し色めいていた。
弘志は、典正とは長い付き合いだったのだが、こんな顔で女の子の話をする典正は初めて見た気がした。それから、今まで一度も本気で好きになった女の子が居ない自分に気付き、小さく、先越されちまった、と思った。

全く、俺だって恋くらいしておけば良かった(まぁ、今更なんだけど)。時々、自分の事を好きだとか言ってくれる女の子と気まぐれに付き合ったりもしたけど、真剣に恋をしたことなんてなかった。しようとも思わなかった。いつ死ぬかわからない、という状況に置かれた今まで。
――後悔してる暇なんてないんだ。とりあえずどこかに隠れて、合流できそうな奴を探さないと。
立ち上がって、辺りを見渡した。まだ美古都は出てきていない様だ。弘志は右の道の方に歩き出した。
その時だった。突然、ざくっという音が聞こえて、喉から熱いものが込み上げてきた。弘志は訳が解らず、ただ視線を下に向けて自身の喉に何が起きたか確認しようとした。――弘志が見たのは、夕日をぎらっと反射して赤く光る、包丁のような物だった。
何だ、コレは。俺の首に、包丁が刺さってんのか?
そしてその視線は、前方に移った。そこには、真っ青な顔をしてぶるぶると震えている
後藤沙織(女子6番)の、ちりちりにパーマをかけて高く結い上げた赤茶色の髪(雷サンが落ちたみてぇなアタマだ、なんて思ってたっけ)が夕日を浴びて、燃えるように光っていた。
それが、弘志が見た最後の映像になった。弘志の体が、ぐらりと揺れて仰向けに倒れた。見開いたままの瞳は、何も映さなくなっていた。



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