■24

荒川幸太(男子1番)は唇をぎゅっと噛み、名簿にチェックを入れた。11人。たった6時間なのに、もう11人ものクラスメートが“退場”してしまったのだ。
しかし、
川合康平(男子5番)と一緒に呼びかけを行っていた黒田明人(男子6番)の名前は呼ばれていなかった。二人の元に何者かが襲撃をかけ、康平は殺され、明人は逃げ切れたというのだろうか?
どちらにしろ、幸太にはそこまで考える余裕はなかった。昨日まで友達だったはずのクラスメート達が殺し合いをしている。その事実が、幸太の心に重くのしかかっていた。
「……チクショウ」
どうする事もできない自分が悔しく、更に強く唇を噛んだ。噛み切ってしまったのか、口の中に錆っぽい味が広がった。
ふと隣に視線を向けると、
水谷桃実(女子16番)は立てた膝に顔を伏せていた。小さく嗚咽のような声が漏れ、肩は小刻みに震えていた。泣いているのだろう。放送では、桃実と仲の良かった高橋奈央(女子9番)福原満奈実(女子14番)の名前も呼ばれていた。その事に、桃実はかなりショックを受けているようだ。
幸太は上手い言葉もかけられない自分を、少し情けなく思った。しかし、こんな時は造った言葉などそんなに役に立つものでもない。
川合康平の呼びかけが銃声で終わりを告げた時以来、桃実はすっかり口数が減ってしまった。時折幸太がぽつりと話しかけても、返ってくるのは生返事だけだ。突然静かに泣き出し、しばらくすると泣き止む。その繰り返しだった。そんな状態の桃実に言うべきか幸太は迷ったが、少しは落ち着いてくれるかもしれない。幸太は口を開いた。
「水谷…気持ちは解るけど、1時からココ、禁止エリアになるっぽい。とにかく、行かなきゃ」
桃実の顔がゆるゆると上がった。手の甲で顔を拭っている様子が見て取れたが、それでも目は赤く腫れ、頬はすっかり濡れていた。
「………うん、だいじょぶ…」
小さくしゃくり上げながら、桃実は言った。とても大丈夫と言えるような状態ではない事は幸太にも充分解ったのだが、敢えて言わなかった。桃実も、懸命に立ち直ろうとしているのだ。幸太はデイパックから水のペットボトルを取り出し、桃実に差し出した。
「喉、乾いたっしょ?」
桃実の頭が頷くように動き、二つ結びの髪が少し揺れた。それから、桃実は幸太の手からボトルを受け取ろうとしたが――その手はぶるぶる震えていた。桃実は震える右手を左手で押さえ付け、また手を伸ばした。
「……水谷?」
幸太は異変に気付き、少し考えてから、桃実の手をそっと取った。桃実は驚いたように顔を上げたが、手を引っ込めたりはしなかった。そのまま、幸太は桃実の右手にボトルを握らせた。
「…あり、がと」
桃実は空いた左手で、ボトルのキャップを握った。しかし回そうとした瞬間ボトルのバランスが崩れ、地面にどっ、とくもった音を立てて桃実の手から落ちた。
「あ――ごめ…」
幸太は落ちたペットボトルを拾い上げ、地面に置き直した。桃実の体には、先程よりも更に強い震えが広がっていた。黙ったまま、幸太は桃実の頭をぽんと撫でる。それで、桃実が緊張が解けたように口を開いた。
「…わかってるんだけど……怖い。あたしも、死んじゃうんじゃないかなって…強くなんなきゃって、幸太みたいにちゃんとしなきゃって…思ってるんだけど………」
桃実はそこまで言うと、肩を震わせて泣き出した。その小さな肩をゆるく抱いて、幸太はまた桃実の頭をぽんぽんと優しく叩いた。
「そんなに、焦んなくていいんだよ」
腕の中で、桃実が頷いた。腕に少しだけ、力を込める。
「よしよし、今のうちに泣いとけ」
桃実の頭を繰り返し撫でながら、幸太は言う。出発はもう少し、先になりそうだった。



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