■26

長い木の枝で茂みをがさがさと掻き分けながら、
黒田明人(男子6番)は少し息を吐いた。もう何十分経っただろうか、否、1時間以上経っているかもしれない。明人はずっと、こうして探し物をしていた。しかし、それは一向に見つからない。誰かが先に見つけ、持っていったのだろうか――明人は丈の低い植え込みを覗き、考えた。先程の放送で聞いたところ、このC=05は禁止エリアになる予定もない。それに、川合康平(男子5番)が“探し物”をタワーから放って、もうかなり経つのだ。誰かが先に見つける可能性も充分有る。
明人の探し物――それは、康平が遺した紙飛行機だった。タワーで覗いた時は、確か
横井理香子(女子18番)に宛てた手紙だったと思う。
康平は、理香子になにか特別な感情を抱いていたのだろうか――しかし、そんな素振りを見せた事は、明人の記憶の上では無かった。明人にはクラスメート達を観察する趣味など無かったし、元々興味も無かったのだ。
しかし、
植野奈月(女子2番)の気紛れ(本当にそれだかどうかは、明人の知るところではなかったが)で不本意にも自分だけ生き残ってしまった事には、明人は後ろめたさを感じていた。
自分を信用し、善意を向けてくれた康平がひとり先立ってしまった事が、明人にとってはひどく残念で、申し訳なかった。
明人は茂みを掻く手に、ふと目を落とした。右手の赤みは退いていたが、自分が奈月を殴ってしまった事に変わりは無い。あの時はついカッとなって手を上げてしまったものの、女を殴ってしまった事にも明人は強い自己嫌悪を感じていた。

小さく溜め息を吐き、明人は空を見上げた。暗い空に、ぼんやりとした月明かりだけが煌々と光っている。空気がいいのか、星は綺麗に見えた。明人はほんの一瞬、自分が殺し合いの真っ最中に投げ込まれている事を忘れて空を眺め――しかし、すぐにまた茂みに視線を戻そうと目を動かした。そして、動いた視界の中にうっすらと白いものが引っ掛かったのに気付き、視線をまた彷徨わせた。
――今、なんか見えた…
しばらくあちこちを見回し、やっと明人はそれに気付いた。少し低めの木の、幹に近い枝の辺りだった。そこに、白い紙のようなものが引っ掛かっているのだ。明人は急いで、それを手にしている木の枝で突いた。
見つかった――こんなところに紙が引っ掛かってるとしたら、川合の投げた紙飛行機以外なんだって言うんだ。しかし、中背の明人では少し高さが足りないようだ。明人はその場で少しジャンプし、木の枝でしゅっと弧を描いた。それは紙をどうにか掠め、康平の血が少し付いた紙飛行機は明人の足元にぱさりと落ちた。明人がそれを拾い上げようとした、その時だった。
「ばっ、バケモンっ!」
背後から少し掠れた、男の声がしていた。
明人がその悲鳴に振り返ると、そこにはのっそりとした体を震わせている
松岡慎也(男子15番)と、ポケットに手を突っ込み、いつも通りだるそうにしている古宮敬一(男子14番)、その隣に立ち、右手から鉄パイプをずるずると引きずっている藤川猛(男子13番)が居た。
「何がバケモンだよ、オマエさっきの放送聞いてなかったのか? 黒田、呼ばれてなかったつーに」
猛がぶるぶる震えている慎也の背中を足先で蹴るように突き、ひゃははっと下品な笑い声を上げた。明人はそれに、少し首を傾げた。――植野といい、コイツらは何が楽しくてそんなに笑うんだ?
「おい、黒田チャンよぉ」
敬一が腰まで下げてだぼだぼになったズボンを引きずり、前に出た。
「オマエ、いいモン持ってねぇか? 俺らの武器、マジしょべーんだけど」
だらだらしているが、刺のある口調で敬一が言い、ズボンのポケットから折りたたみナイフを出して、明人の前にちらつかせた。
「おぅ、俺はコレ」
続いて、猛が鉄パイプを軽く振ると、何も言わず、ただ震えているだけの慎也に代わり言った。
「コイツさぁ、どーゆーワケか知んねーけど、武器入ってなかったらしーんだべ。やっぱ、軍もクソ松には参加資格なしって思ったんだろーよ」
いい終え、猛はひゃひゃっ、ひぇへへへっ、と下品を通り越して奇妙な笑い声を上げた。
「ま、そーゆーワケなんで。テメーの持ちモン、全部寄越しな」
敬一が茶色がかったリーゼントに少し掻きあげるように触れ、言った。
少しだけ無造作に垂れた前髪、そこだけ長く伸ばして赤を入れた襟足。顔立ちは悪くなく、それでいて独特のヤンキーらしさが滲み出ている。今時リーゼントというのもちょっと珍しいものだが、確かに敬一にはなかなか似合った髪形だ。その姿だけで、妙な威圧感を感じさせる。
しかし――明人はそんな威圧感に臆する事も無く、10センチ近く身長の離れた敬一を見上げて言った。
「わりぃけど、オマエらにやるよーなモンは持ってねーんだよ」
その言葉に猛は怒りを露にし「あぁ!? ざけんなテメー!!」と罵声を飛ばしたが、敬一がちらりと目配せをして止めた。
「いい度胸デスネ、黒田のおにーサン?」
敬一は明人の足元に唾を吐き、耳元で囁くように言った。
「どーせオマエだって、川合捨てて逃げたクチだろ? 薄情モンだよなぁ、テメェみてーなヤツ信用した川合もバカだしよー。解ってんの? 川合が死んだの、オマエの所為だっつってんだよ。オ・マ・エ・の」
勿論、現場を見ていなかった敬一にそんな事が判る筈は無かった。第一、敬一の言っている事は確信のない、当てずっぽうなものだった。しかし、それでも明人の罪悪感を刺激するには充分だったのだ。
「………ろ」
明人の拳が、ぎゅっと握られる。
「なんだコイツ?」
猛が鉄パイプで地面を叩きながら、眉をひそめた。
「消えろっつってんだよ! テメーら今すぐ、こっから消えろ!」
敬一の体がぐらりと揺れた。明人が突き飛ばした所為だという事は、猛にもわかった。
何より、明人のその声に猛は思わず震えた。普段から無口で、どことなく怖い印象のある明人だったが、それでもここまで怒った声を聞くのは初めてだったのだ。しかし、そんな事を考える余裕は無かった。すぐに、敬一が明人の頬を殴っていたのだ。猛は目を見張った。
「薄情者。川合が哀れだよなー」
敬一はまた明人の足元に唾を吐き、ひゃははっと笑って踵を返した。
「けーいち、コイツの荷物…」
猛は少し戸惑ったように尋ねたが、敬一は構わず、歩いたまま笑った。
「標的変更ー。コイツ、意外とつまんねーわ。もっと骨あるヤツだと思ったのによー」
「お、おう。わかった」
猛は戸惑いを残しながらも、鉄パイプを引きずって後に続いた。慎也ものろのろと、二人の後ろを歩き出した。

「………薄情者、か」
明人は紙飛行機をデイパックに仕舞い、呟いた。
三人が去り、残ったものは先程より一段強い罪悪感だった。敬一が本気で言った訳ではない事は、明人にも解っていた。敬一は人の心を弄んで、楽しんでいるだけなのだ。
それでも、敬一の言葉は明人の心に重くのしかかった。従妹が死んだあの日から、自分は何かを失ってしまったような、そんな気が、する。



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