■34

植野奈月(女子2番)は茂みをがさがさと探り、素早く、確実にそのひとつひとつを調べていった。
「ここかなぁ?」
奈月は胸を弾ませていた。いつ、
沖和哉(男子4番)を見つけられるのかわくわくしながら、長い爪で枝の間を掻き分けた。その所為で指に小枝が幾つか刺さったのだが、奈月にとっては何でもない事だった。辺り一帯の茂みを数秒で調べ終えた奈月は、すぐに先へ進んだ。和哉を見失ってから、地面に落ちた血の痕を追ってかなりの距離を進んだが、途中でその血痕は途切れてしまっていたのだ。
引き返したか、他の方向へ進んだか――そう考える事もできたのだが、奈月は何となく、和哉はこの道を前に進んでいるような気がしたのだ。勿論、それはただの勘に過ぎないのだが、時には勘に任せてみた方が良い時だってある。それで、うまくいかなかったとしても――つまり、死んでしまったとしても、あたしはそこまでの奴だったってだけの話だ。別に最期まで楽しむ事ができれば、それで良いのだから。

奈月が少しずつ自分に近付いている事など全く気付かずに、和哉は入り込んだ茂みの中、子供一人がやっと座れる程度の広さの場所に座り込んでいた。
撃たれた左腕の傷は、途中でタオルを巻いて止血した。血が漏れないように肩まで深くデイパックに突っ込んでおいたのだが、今やデイパックの中身は赤く染まり、底の部分からは血がぽたぽたと零れている。巻いたタオルもゆるすぎたのか、ずり落ちて和哉の手の平にどうにか引っ掛かっているだけだった。
――懐中電灯も腕時計も、多分ぶっ壊れてんだろーな。パンなんか、もー食えたもんじゃねーよな。人間の血が染み込んでんだから。
何故だか、ふとそんな事を考えた。左腕は焼けるように熱く、もうタオルを巻き直す気力も無くなっていた。腕を撃たれたのと、かなりの距離を全速力で走った所為で、体中が熱かった。
俺、ここで死ぬのかな。
和哉はゆるゆると目を閉じた。腕が熱い。体が、熱い。
そっと、無傷の右手で左胸に触れた。心臓の音だけが、聞こえていた。
頭に浮かぶのは、
浜野恵梨(女子13番)のことばかりだった。
二年の体育祭、真っ直ぐに前を見据えて走る姿を見て、初めて彼女を意識したあの日。
冬の始め、学校帰りに偶然出会して、公園のベンチで冷えた手を温めながら一緒に飲んだ缶コーヒー。
三年に上がってすぐ、告白したあの日、家に帰ってから飛び上がって喜んだ自分。
よくふたりで行った、マンションから自転車で5分、200円のちょっとお得な屋台のたこ焼き屋。
マンションの帰り、もう少しだけ一緒に居たくて、並んで座って取り留めの無い会話を交わした駅の階段。
俯いて、静かに妊娠している事実を告げた彼女。
いつまでもそうして、たまらなく幸せになったり、ときどき傷付いたりしながら、一緒に過ごしていけると思っていたのに。

ふいに、和哉の心にあたたかいものが溢れた。――まだ。まだ、死ねない。恵梨に、逢いたい。
熱い体をどうにか動かし、和哉は立ち上がった。かさり、と衣擦れの音がしたが、頭がぼんやりする所為か和哉の耳には届かなかった。
恵梨。
掠れた声で名を呟き、和哉は走り出した。

茂みから飛び出したその影は、奈月からも遠目に見えた。
一瞬だけ月明かりに照らされたそれが、沖和哉だという事はすぐに判った。
――お、ビンゴじゃん。奈月ちゃん、オンナの勘大当たりぃ♪
奈月は素早く、影に向かって走り出した。



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