□35

「あんのバカ…どこ消えてんのよ」
武井尚弥(男子9番)の背中に寄り掛かるようにして、浜野恵梨(女子13番)は小さく悪態を吐いた。どこを走っているのかは、よくわからない。とにかく、突然消えた久米彩香(女子5番)を探そうと、二人で恵梨の支給武器の自転車に乗り込み、道を進んでいた。
幸い、自転車の後ろには荷台が着けてあったので、恵梨は沈みそうにだるい体を荷台と尚弥の背中で支える事ができた。こうして別のオトコの背中を借りるのは、恋人である
沖和哉(男子4番)に申し訳無い気もするのだが、こんな体では仕方ない事だろう。
尚弥は背中を向けたままペダルを漕いで、「そーだな」と返事をした。それで、恵梨がまた口を開いた。
「…ジコチューにも程があるよ」
尚弥はまた足を動かしたまま、「うん」と応えた。
「どーせ、亜貴くらいしか頼る人なんて居ないっぽいし」
恵梨がまた悪態を吐くと、尚弥は少しだけ首を動かし、恵梨を見た。
「久米があんなヤツでも、探したいの? 心配?」
背中越しに、恵梨が小さく頷くのがわかった。
「そりゃ、一応…ともだち、だし」
尚弥はその言葉にくすっと笑い、少し色を抜いた髪を揺らして、もう一度恵梨を見た。
「俺さ、なんとなく解ったかも。和哉が、浜野に惚れたのって」
「――え?」
恵梨が一瞬、驚いたように固まった。それから少し間を置いて、照れたように笑い「ありがと」と呟いた。
――和哉。オマエ、女見る目はあるよな。悔しいけど。
尚弥は少し唇を噛んで笑ったが、すぐに真顔に戻った。
遠目に、何やら影が見えていた。女子だろうか、暗い中にセーラー服と白い脚だけが、ぼんやりと浮かんでいる。その道は見晴らしが良く、月明かりでもどうにか見る事ができた。そして、黄色っぽい派手なリュック――そこで、尚弥はやっと気付いた。

口を開きかけ、尚弥がその名を呼び掛けようとした時だった。「コラ、沖和哉ぁー! 待てっつってんだろー★」と、幾分大きな掛け声と共に、銃声が一発、響いた。尚弥は自転車のブレーキをぎゅっとかけた。強く握り過ぎた所為で、きぃっと甲高い音がしたが、構わなかった。
「ナオちゃん、今の――沖和哉、って」
困惑しながらも、恵梨も荷台から降りる。尚弥は自転車の前篭からデイパックを引っ張りだし、二人はそのまま、先へ急いだ。
「――何してんだよ!」
尚弥はデイパックの中から、支給武器の菜切り包丁を取りだした。そして、間もなく追い付いた
植野奈月(女子2番)の影に向かい、それを振り下ろした。
「きゃわっ♪」
さっとそれを避け、戯けた声を出した奈月の向こう側には、左腕の辺りを赤く染めた和哉が、よろめきながらもどうにか立っていた。
――和哉…血、出てる…和哉が、死んじゃう!
恵梨は駆け出した。突然、奈月の目が恵梨へと向き――尚弥は、ぞっとしていた。奈月は薄く笑みを浮かべ、右手に握ったブローニング・ハイパワー9ミリをすっと恵梨に向けたのだ。
「浜野、来るな!」
尚弥は叫んだが、恵梨には最早、聞こえていなかった。ただ、血を流している和哉の姿だけに向かい、恵梨は走っていた。
乾いた銃声が二発、した。恵梨の右腿と背中に穴が空き、体が崩れた。尚弥は目を見張った。
「恵梨!」
声を上げて、恵梨に駆け寄った和哉に、もう一発銃声が降り掛かった。――和哉が、撃たれた! 尚弥は思い切り、奈月の肩に菜切り包丁を振り落とした。奈月はそれを右に避け、菜切り包丁を握る尚弥の右腕を、空いた左手できゅっと捻り上げた。女のものとは思えないその力に、尚弥は小さく呻く。
「ナオ! おい、止めろ、植野!」
和哉は叫んだ。撃たれた脇腹に痛みが走ったが、構わなかった。
「…っ、う…和哉、向こうに…チャリがある。逃げろ」
言い終えた尚弥の右腕から、ぐきっ、と気味の悪い音がした。肩の関節が外れたのか、尚弥の腕は有り得ない方向に曲がっていた。
「何言ってんだよ、オマエ見捨てて逃げれる訳ねーだろ!」
和哉の言葉に、奈月が尚弥の背中越しにくすっと笑った。何やら馬鹿にしたような笑いだったが、尚弥は構わず口を開いた。
「水臭ぇんだよ、オマエ」
腕から更にめきっと音がしたが、尚弥は軽く息を吸い、言った。
「浜野と、一緒に居てやれよ」
和哉はまだ少し躊躇したように尚弥を見たが、早く行け、と言わんばかりに首を振る尚弥に、それを振り切って恵梨を抱き起こした。
「悪ぃ…ナオ」
和哉は呟き、恵梨の肩に手を掛けてどうにか立たせ、引き摺るような形になったものの、その体を支えて駆け出した。

奈月は尚弥の右腕をぱっと放し、押し退けるように体を突いた。右腕の痛みに顔を歪めて自分を睨む尚弥にブローニングを向け、銃口を額にポイントする。それでも尚弥は、自分を睨んだままだった。そのまま、引き金を引いた。
尚弥の体が衝撃で地面に倒れ、額に赤黒い穴が空いた。少しだけ色を抜いて、茶色がかった髪は脳漿に汚れ、額の穴からはとろとろとした血が流れ、それでも尚弥の瞳は、真っ直ぐに奈月が居た筈の空を睨んでいた。
「バカじゃねーの?」
誰に対して言うでもなく、独り言のように奈月は呟き、くすっと笑った。



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