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「もー勝手にどっか消えちゃったりしちゃ、やだからね? ほんとだよ?」
水谷桃実(女子16番)に釘を刺すように言われ、荒川幸太(男子1番)は彼女の耳朶に持ち合わせの絆創膏を貼りながら頷いた。
「ホンットごめん…反省してます、マジメに」
「幸太が“マジメに”って言ってる時は、いっつもマジメじゃないじゃん」
桃実は半分苦笑しながら応えた。それで、幸太は少し困ったように頬を掻いた。
「ほんと反省してんだって、マジメに」
「ほらぁ、また言ったー」
「イエ、ほんとだって。ごめん、マジメに」
「また言ってるー。三回目じゃん、マジメに反省してる?」
してるってばマジメに、と幸太が返し、桃実が小さく吹き出す。幸太もつられて笑い出し、二人はすっかりいつもの調子で笑い合った。和やかな居心地の良い雰囲気の中、ふいに桃実が辺りを見回し、改まって口を開いた。

「そーいえば、さっきから思ってたんだけど…ここ、どこ?」
「はぇ?」
幸太は突然の質問に素っ頓狂な声を上げ、デイパックの中から地図とコンパスを引っ張りだし、辺りの風景と手元の地図、それにコンパスの間に順々と視線を巡らせた。桃実も地図を覗き込むが、辺りは何の変哲もないただの雑木林だ。目印になりそうな物は全く見当たらない。
「…幸太、もしかして……迷った?」
幸太は地図を食い入るように見つめ、それから、先程より一層小さく頷いた。
「迷子…っすね、俺ら。だっせぇ…」
「だっせぇとか言ってる場合じゃないでしょー!? もー、ほんっとに反省してる? マジメに?」
あまりにも呑気な幸太の言葉に、桃実は怒りの色を顔いっぱいに広げてまくしたてた。その迫力に幸太は押され気味になりながらも、その男にしては幾分小さな手の平を前に押し出すような仕草をして桃実を宥める。
「水谷、そんなに怒んなよー。カワイイ顔が台無しっすよ?」
「そーゆうこと、簡単に言わない! だいたいそーやって女の子におべんちゃら使うオトコは信用できないって、いっつも理紗が言ってたんだからね!」
その言葉に、幸太は突然きょとんとした表情になった。肩で息を吐きながら言い捨てた桃実も、続いてはっとしたように口を噤む。
「…今、理紗――って、言ったよな? 水谷」
確かめるように言う幸太に桃実は返す言葉が見つからず、俯いて唇を噛んだ。
口に出してはいけない言葉を、ついぽろっと言ってしまったような気分だった。――なんで? なんで、理紗の名前が禁句みたいになっちゃってるの? それでも、どうしてこんなに自然に、理紗の名前を口にする事ができるんだろう。
頭だけで決別したような気になっても、あたしの中にはしっかり、優しい理紗の記憶が残ってる。あたしにナイフを向けた理紗の姿を、あたしは心のどこかで、信じたくない、認めたくないって、まだ思ってる…の、かな?
なんか、やだよ。あたし、まだ理紗に捕われてるみたいじゃない。
そんなの、悔しいよ。
「り…さ、の、ばか。ばかばかばかばかばかばかー!!」
「おい、ちょっ…水谷、落ち着けって、オイ」
行き場のない苛立ちを吐き捨てるように「ばかばかばかばか、理紗のばかやろー!」と繰り返す桃実を前に、幸太はそれを宥める術もなく、慌てふためいていた。

「…っ、きゅんっ」
ふいに小さなくしゃみをして、
穂積理紗(女子15番)はセーラー服の袖から出た腕をそっと摩った。なんだ今の子犬の鳴き声みたいなくしゃみは、一体どういう人体構造(?)してるんだ、と思いながら、彼女の隣を歩く土屋雅弘(男子10番)はそっと声を掛けた。
「風邪?」
「ううんー…うち、体は丈夫やもん」
理紗は金色の前髪を手の平で掻きあげて額に触れ、それからふと思い出したように、ぽつりと言葉を零した。
「桃実やな。アイツがうちの悪口言っとるわ、今頃」
雅弘はその言葉に桃実の顔を思い浮かべ、苦笑しながら応える。
「そりゃ、ねーだろー。穂積と水谷、すっげえ仲いいじゃん」
「んな事ないわ。うちらだって、ケンカくらいはした事もあるし」
それに――あんな事、したんや。悪口言われんのも当然やな。
心の中で小さく付け加え、理紗は自嘲的にくすっと笑う。雅弘は少し不思議そうにそれを見、それから手元の地図に視線を落とした。
「この辺、だよな。もーちょい行ったら、集落に着くっぽい」
理紗は立ち止まり、辺りをぐるりと見渡した。何の変哲もない、ただの雑木林だ。
「着く…んか? ホントに?」
「着くっつーに。ちったぁ信用してくれや、俺のこと」

四人――二人ずつ、二組はそれぞれが同じH=05エリア内に居る事など露知らず、先へ進んでいく。



残り22人

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