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「――そっか…沖も、死んじまったんだな」
幾分気落ちしたように俯いたまま言い、
黒田明人(男子6番は道に転がる小石を蹴った。
「ああ」
安池文彦(男子18番)は応え、背中に寄り掛かっている長谷川美歩(女子12番)の体を背負い直した。
医者の家に続く道(記憶が確かならば、だが)を歩きながら、二人はこれまであった“色々”を互いに話した。明人は
川合康平(男子5番)と呼びかけをしていた時に植野奈月(女子2番)から襲撃を受けた事、途中で古宮敬一(男子14番)達に遭遇した事、康平が遺した紙飛行機を横井理香子(女子18番)に届けようと思っている事。
文彦は
大野達貴(男子3番)らと共に医者の家に居たが、沖和哉(男子4番)が同じく植野奈月に撃たれているのを目撃して勝手に飛び出してきてしまった事、それから武井尚弥(男子9番)の死体、それと和哉と浜野恵梨(女子13番)も死んでしまっていたのを発見した事――そして、その近くで美歩が眠っていた事。美歩は穂積理紗(女子15番)土屋雅弘(男子10番)らに襲撃を受け、その際に崖から転落したらしい。その事も、明人に話しておいた。

明人の少し沈んだ様子を見て、文彦はどうにもやるせなく、申し訳無い気持ちになった。
明人は確かに、このクラスに友達と呼べる程の付き合いをしている者が居た訳でも無かったが――席が近いよしみか、和哉とは多少の会話もあったようだ。教室移動の前、お約束で寝ている明人を小突いて起こしていたのも和哉だったし、和哉と世間話なんかをしている時の明人は、思いがけない笑顔を見せる事もあった。
「…俺、こんな勝手な事までしといて、結局おっきーに何もしてやれなかった」
明人に向けてというより、独り言のように文彦はぽつりと呟いた。薄い唇が、自嘲的に歪む。
「馬鹿言ってんじゃねぇよ。仕方無いんだ、オマエが責任感じる話じゃないだろ」
明人は言ったが、文彦は小さく頷くだけだった。まあ――こんな時には、言葉なんて気休め程度にしかならないのかもしれない。それでも、そんな暗い罪悪感と自己嫌悪を抱くのは自分だけで充分だ、と明人は思った。
「しっかし、アイツは無茶苦茶だな」
三分の二ほど独り言で(残りの三分の一は、文彦の気を紛らわせようとした部分もある)、明人は呟く。
「ああ――」
文彦は明人の言う“アイツ”の正体について少し考え――“植野奈月”という結論に行き着いた。
「植野か。まあ、普段から無茶苦茶するヤツだったけどな。職員室に爆竹ぶち込んだり」
「避難訓練の時に発煙筒でみんなビビらせたりな」
苦笑混じりに応えながら(そう、発煙筒の煙で
宮田雄祐(男子17番)あたりが「マジ、火事!」とか大慌てで叫んで、それからしばらく植野にからかわれまくってたんだっけ)明人は左腕の、十字を描く切り傷に目を落とした。
この、傷――“果たし状”だと、彼女は言っていた。どうして、奈月は自分を見逃すような真似をしたのだろう。この事に関しては、全く理解できない。まあ、普段から奈月の言動は明人の理解の域を超えていたが。

「…そろそろ、かな」
文彦が辺りを見渡して、小さく呟く。言葉通り、道は広場に出て――その広場の奥に、屋敷のように大きな家が建っている。思わず「でけぇ…」と声を漏らし、明人は家を見上げた。こんな小さな島でも、医者というのはやはり金持ちなのだろうか。
「――安池くん?」
ふいに、若干高い女の子のような声が耳に届き、聞き覚えのあるそれに文彦は視線を彷徨わせる。その正体を、視界が捉えた。家の入り口、重たい感じのする木製の扉の近くの小さな見張り窓から、ひょこっと顔を覗かせている
鈴村正義(男子8番)の姿があったのだ。
「すずチャン、悪い。遅くなった」
言って、文彦は扉の方へ歩み寄る。視線が合った途端、正義の顔に安堵の笑みが広がった。
「おかえり! 待っててね、すぐ開けるから……」
主人の帰りを心待ちにしていた新妻のようにはしゃいだ声を上げ、正義は窓から顔を引っ込める。文彦はそれを見送ると、ちらっと美歩に振り返った。
「長谷川、ちょっと降ろすぞ。大丈夫か?」
「…ん、へーき」
文彦の背中をするっと降り、美歩はそのまま幾分ふらりとした足取りで家の壁に寄り掛かる。泳いだ時に鈍っていた筋肉を酷使した所為か、未だに痺れるような痛みと疲労感が体中に残っていた。――情けないね、あたし。
ふと、家の中からどたん、ばたん、という物音と正義の「大野くんっ、落ち着いて!」という戸惑った声が聞こえた。
「……なんだ?」
明人が眉をひそめる。文彦は大袈裟に肩をすくめて、呟いた。
「一発で済むといいけどな」

突然、大きく音を立てて扉が開き、明人は思わず耳を塞ぎかけた(おいおい、物音立てんなよ。状況考えろって)。そして次の瞬間、がっという鈍い音と共に文彦の体が小さく飛んだ。美歩が「ひぇ、痛そー」と細い声で呟く。
「こんのアホ王子! 遅ぇよ、どんだけ心配したと思ってんだ!」
開け放したドアの向こう、たった今文彦を殴り飛ばした大野達貴が、正義とはうって変わって門限過ぎに帰宅した娘を怒鳴り散らす頑固親父の剣幕でまくしたてる。

「悪い、大野。だけど、大声出すんだったら中にしてくれ。危ないじゃねーか」
文彦は殴られた頬の痛みに少し顔をしかめ、言った。いつもの冷血王子のままな文彦の様子に、達貴はやれやれと溜め息を吐き――それから、壁に寄り掛かっている美歩に気付いた。
「オマエ…土産は女かよ、ホンットに王子だな」
「…あたしは土産かよ」
唖然とした表情で言う達貴に苦笑混じりに返し、美歩は少し離れた所に立っている明人に視線を向ける。
「土産、女だけじゃないよ。あのヒトも」
美歩の視線の先に居る明人を見て、達貴は少し眉をひそめた。
「誰……黒田か?」
明人は達貴の方に歩み寄り、少し苦笑して口を開く。
「否、俺は別に――」
土産じゃない、と続けようとして、それに気付いた。扉の前に立った達貴の向こう、家の中で恐る恐るこちらを眺めている横井理香子に。
明人が「横井?」と呟くのとほぼ同時に、理香子の口が動いていた。
「ハッチ…居るの?」
それで、美歩がはっと動いた。壁に手を突いて体を反転させ、扉の中を覗き込む。そこに居た理香子の姿に、美歩の大きな瞳が、驚きで更に大きく見開かれた。
「リカ……」
二人の視線が合い、互いの目に一瞬、困惑と暗い不安の色が映る。それでも美歩は、すっと理香子を見据え――少し厚めの唇をふっと細めて、笑った。街で久しぶりに出会した昔の友人に向けるような、穏やかな笑顔だった。
その笑顔に、理香子の唇が何やら動きかけたが――美歩の細い脚がかくんと揺れるのを見て、止まった。そのまま、美歩の体は死にかけた子鹿のようにぐったりと地面に崩れ落ちる。「――ハッチ!」理香子が悲鳴を上げた。
「おい…長谷川?」
突然倒れた美歩に駆け寄り、文彦はその体を抱き起こして額に触れる。一段と増したその熱さに、手の平に緊張が走るのを感じた。――どこが平気なんだ、バカ。



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