□57

「もう、19人しか残ってねぇんだな」
机に頬杖を突いたまま、
大野達貴(男子3番)が小さく呟く。向かい側に座る安池文彦(男子18番)はふっと煙を吐き、煙草の紙巻きをまた咥えた。
「そうだな」
小さく応え、文彦は名簿を覗き込む。もう――半分に、なってしまった。ここに立て籠る自分たちを除くと、13人しか残っていないのだ。昼頃にはどうなっている事やら、全く想像がつかない。刻々と、終わりが近付いているのだ。この腐ったゲームの終わりが。
まあ幸いというべきか、午前6時の放送ではこの家が属するG=07は昼までは禁止エリアに指定されていなかったので、ここを離れる事にはならずに済みそうだ。こんなところに居ても、どうにもならない事は文彦も解っていたのだが。

それから――ソファの上に横になって眠っている
鈴村正義(男子8番)に視線を向け、文彦は煙草の紙巻きを携帯灰皿に押し込んだ。正義は6時の放送で、また少し気分が悪くなってしまったらしい。まあ、無理もない事だ。正義は自分ばかり悪いから、と言って休もうとしなかったのだが、達貴が宥めてともかく休ませた。
「それにしてもよ、王子」
突然、達貴が言った。文彦が顔を上げると、達貴はやたらとにやついた顔でこちらを見ている。
「お前はオンナには興味ねぇと思ってたけどな、ハセミホ系がタイプだった訳か」
その言葉に文彦は小さく吹き出し、それから呆れた声で返した。
「ハセミホ系…って、本人聞いたら怒るぞ。大野まで変な誤解すんなよ」
まあ、“ハセミホ”というのは丁度奥の部屋で休んでいる
長谷川美歩(女子12番)の事なのだが、その略称は藤川猛(男子13番)あたりが付けたものらしく、美歩自身は気に入っていないらしい。いつだったか、一緒に一服しながら喋っていた時に言っていた。「川が抜けてんのよ、川が。アイツの事もフジタケって呼んでやろっかな」。
「誤解、ねぇ…ま、どーだか知んねぇけど」
全く認めようとしない文彦に、達貴は少し肩をすくめて溜め息混じりにそれだけ言い、話題を切り上げた。実際二人の関係がどうなのかは達貴の知るところではないし、普段ならともかくとして、今は他人の色恋沙汰に首を突っ込んでいる場合では無いのだ。
「そんな風に見えるか?」と文彦が苦笑し、ふと席を立ったところで――突然に、それは聞こえた。

少し遠く、かしゃん、という硝子の割れるような音がして、達貴がびくっと身を起こす。文彦の体にも緊張が走り、二人は部屋中を見渡した。しかし、部屋の中に異変は無い。文彦が素早く机に置かれたトカレフTT−33を取り、奥の部屋のドアに駆け寄った。
「おい、横井! どーしたんだよ!」
達貴が叫び、文彦もばっとドアを開けたが――奥の部屋の中には、ベッドの上で眠る長谷川美歩と、余程疲れていたのだろうか、その脇に俯せて穏やかに寝入っている
横井理香子(女子18番)の姿しか無い。文彦はきゅっと踵を返し、奥の部屋を出て、その隣にあるもう一つの部屋のドアを開く。同じように最低限の家具だけが置かれた殺風景なその部屋の窓、割れた硝子から手を通して誰かが窓の鍵を開けていた。
「誰だ?」
文彦は部屋の中に入り、窓に歩み寄る。それで、鍵を捻っていた誰かの手がびくっと震え――しかし、鍵は外れた。そのまま、がらっと窓が開く。開いた窓の向こう、硝子を割った張本人である彼――ヘアワックスで軽く立てた茶色の前髪がちょっと遊び人っぽい感じの(“遊び人”という点では
岩田正幸(男子2番)が群を抜いていたが)吉川大輝(男子19番)が、すっかり怯えきった表情で立ち尽くしていた。
「……吉川?」
文彦が小さく呟くと、大輝の表情が安堵にほっと緩む。大輝は口元をへらっと緩めて、泣き出しそうな声を上げた。
「お…王子ぃ……ビビったぁ…」
「ビビったのはこっちだよ、泥棒じゃないんだから窓から入ってくんなって」
敵意や不信感の見られない大輝の態度に、文彦も幾分安堵して応える。まあ、この状況では泥棒でなくても窓から入るのは仕方無い事なのだが――でも、玄関まで来ればちゃんと開けてやったのに。文彦は少し呆れ混じりに肩をすくめる。ふいに振り返ってみると、達貴も部屋の中へ入ってきていた。
「吉川か? どーしたってんだよ」
達貴も、幾分落ち着いた口調で呟いた。確かに大輝はちょっと女関係の方に問題があったし、彼自身も調子のいいところがあって一部の生徒からは信用されていなかった(実際、
迫田美古都(女子7番)あたりは大輝に対して『ある意味一番タチ悪い野郎、オンナの敵』という評価を下している)。しかし、それでもまあ人を殺すような人間では無いだろう(正義感が強い、だとかそういった意味では無く、ビビり屋の彼にそこまで度胸があるとはちょっと思い難いのだ。女子に告白する度胸はあっても)。

「うん、隠れる場所探しててさ、そしたらココ通り掛かって――怖かったし、入ろーと思ったら、鍵掛かってて」
大輝が言うと、達貴は「なーんだ」と呟いて肩を降ろす。文彦は少し念を押すように、言った。
「吉川、オマエはさ…否、疑ってる訳じゃないけど……やる気、とかじゃないんだな?」
「ったりめーじゃん!」
いつもの元気の良い調子で大輝が言うと、その様子に思わず達貴も吹き出した。文彦も苦笑して、窓の向こうの大輝に手を差し出した。
「まぁ、入れよ。外じゃ危ないだろ」

どたどたとした物音で、ふいに理香子は目を覚ました。
「…ん?」
小さく声を洩らして身を起こし、理香子はぼんやりとした目を擦ってベッドの上の美歩に視線を向ける。美歩は解熱剤のお陰か顔色も幾分良くなり、穏やかに寝息を吐いて眠っていた。それに、理香子はほっと安堵の息を吐く。それから、ベッドの脇から腰を上げた。今の物音は、何だったのだろう。
部屋のドアを開き、そっとリビングに足を進める。ソファで休んでいる鈴村正義、机に寝そべる大野達貴、その向かい側で煙草を吸っている(中学生でしょーが!)安池文彦の姿が、同じようにあったのだが――その隣に、もうひとり人影が見えた。ヘアワックスでちょこちょこ立てた前髪、細身の彼は吉川大輝だろうか。その姿を認めると、理香子は驚いて小さく声を上げる。
「吉川? え、どーしたの? なんで吉川が居るの?」
すると、文彦が顔を上げる。大輝も理香子の方に軽く向き直り「ちゃっす、横井」と片手を上げた。
「お前が寝てる間に、窓から入ってきたんだ。大丈夫だよ、吉川はやる気じゃない」
文彦は言って、机の上に置かれたアヒルの玩具(ああ、よくお風呂に浮いてるアレね)を指差して続けた。
「オマケに吉川の武器、それだよ」
文彦に続けて、大輝も「笑っちゃうよな」と肩をすくめる。それに、理香子も小さく吹き出し(ちなみに理香子の支給武器は果物ナイフだった。多少使い物になりそうだ)――まあ、大丈夫だと思った。
確かに普段から大輝はちょっと惚れっぽいところがあって、岩田正幸なんかが確信犯的な遊び人だとすれば、大輝は“天然遊び人”だったのだが(天然遊び人! これほどにまで質の悪いものが何処にあるというのか、本人は全く悪気が無いところが特に)、それでも彼だってごくごく普通の中学三年生だ。人殺しなんて、できる訳が無い。
そう、確かに“殺す事”は、大輝には出来なかったのだが。



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