■60

「……ごくろーさん」
たった今
三木典正(男子16番)を手に掛けた土屋雅弘(男子10番)の背後で、穂積理紗(女子15番)は呟いた。
ご苦労さん、というのも嫌な言葉の使い方だが、理紗は敢えてそう言った。作業だとでも思ってしまった方が、楽なのかもしれない。ゲームが終わるまで機械的に続ける、単純な作業だと。
それで、雅弘が振り返ったが――振り返って、それに気付いた。理紗の金髪とは別に、すぐ向こう、道の真ん中をひょこひょことこちらへ歩いてくる金髪頭。その姿に、雅弘が小さく声を上げる。

「おい、穂積――」
その言葉に、理紗も何事かと振り返る。理紗のすぐ背後、今正に口を開こうとしていた
岩田正幸(男子2番)の姿を視界に認めると、理紗ははっとしてイングラムM11を彼に向けた。正幸が反射的に、さっと鉄アレイを理紗の頭上に掲げたところで、丁度理紗はトリガーに掛けた指にぐっと力を込める。
イングラムが火を吹き、正幸の脇腹から胸の辺りにかけて四つ穴が空いた。正幸が目を見開いたが――鉄アレイは、がっと音を立てて理紗の頭部に当たった。そのまま、理紗の体が崩れ落ちる。
「ほづみ、チャン……いきなり…撃つ、コト、ない…じゃん」
痛みに口元を歪めながらも、正幸はいつものようにへらっと笑って呟く。続いて、正幸の体もその場にふらっと倒れ込んだ。
「穂積!」
雅弘が叫んで、理紗に駆け寄る。殴られた頭部からは、血は出ていないようだ。意識を失っているのだろうか。
ふいに正幸が両腕を地面に突き、這うように身を起こした。何か、腹の辺りが無茶苦茶に熱かった。短く息を吐き(犬みたいだよな、カッコわりぃ)、どうにか口を開いた。
「土屋、オマエ……どした?」
その言葉に、雅弘は正幸に向き直った。雅弘は一瞬、ちらっと目を伏せ――それから、薄く笑みを浮かべた。
「どうもしてないけど?」
笑顔のままで言う彼に、正幸は「は?」と唇を歪めて声を漏らした。撃たれた傷に痛みが走ったが、構わず続けた。
「どうもして、ねぇ訳、ないだろ? お…オマエ、そーゆうヤツ、だったっけ?」
そうだ――彼は、ヒーローだった筈なのに。
いつだって、自分なんかは手の届かないような真っ直ぐさを持っている、ヒーローだった筈なのに。
とても真っ直ぐで、純粋で。そんなところが、凄く好きだった。

雅弘は何も答えず、ただ少し眉を寄せて、傍らで眠る理紗に視線を向ける。その視線は、真っ直ぐで、純粋で。紛れも無く、正幸が惚れた土屋雅弘のものだった。
それで、正幸は少しはっとして――うっすらと、それを察した。
「な、んだよ……土屋、オマエも、恋に、恋しちゃ…ってる、おバカかよ」
雅弘はふっと息を吐き、ちょっと肩をすくめて言った。
「そうかもな」
ああ――正幸は、思った。そっか、土屋。それが、オマエの選んだ答えか。オマエは、穂積チャンのヒーローになりたかったのかよ。俺の出る幕じゃねぇな。否、最初から出る幕なんか無いんだけどさ。
ふいに、脇腹に激痛が走る。正幸はうっと呻いて、手放しそうになる意識を必死に手繰り寄せた。マジ痛ぇ――けど、痛いなんて考えられてる間が余裕なんだよ。喧嘩だって同じじゃん?
「土屋、俺……今から、すっげぇ、ヘン…な事、言うよ?」
喉の辺りに込み上げるものを感じながら、正幸は言った。雅弘がちらっと笑って、応える。
「お前はいつも変な事言ってんじゃん」
それで、正幸はちょっと苦笑し――覚悟を決めて、唇を噛んだ。
「キモチ悪い、とか……言うんじゃ、ねぇべ?」
否、口に出さずとも気持ち悪いと思われるかもしれない。それでも、何も伝えられずに死ぬよりはずっと良い。最期くらい、本当の感情を全てぶちまけてしまいたい。
「俺、オマエの事、好きなんだけど」
その言葉に、雅弘が一瞬目を丸くするのが見えた。
無理、ねぇな――正幸は唇を歪めて笑い、もう一度、口を開こうとする。しかし口の中に血が溢れて、言葉にならなかった。何か、急速に意識が薄れていた。瞼が、重い。正幸はもう一度だけ顔の筋肉を緩ませて、へらっと笑った。その笑顔を雅弘に向けて、正幸はそっと、瞳を閉じた。

雅弘はしばらく、動く事も喋る事も出来なかった。
正幸の言葉が、地球外生命体から受信した理解不能な電波のように頭をぐるぐると巡り――マサが、俺を、好き? ちょい待てや、俺はオトコだろ――しかし、不思議と嫌悪感は抱かなかった。正幸が目を閉じる前に見せた笑顔には、本当にごくごく自然な親近感と好意と抱く事が出来たのだ。
それから雅弘はそっと、正幸の体を揺すった。
「……マサ?」
正幸は、もう動かなくなっていた。口の辺りは赤い血に汚れていたが、それでもとても穏やかに目を閉じて、正幸は死んでいた。

「…凄いな、アンタって。オンナからもオトコからも好かれてんで」
ふいに声が聞こえて、雅弘は振り返った。理紗がこめかみの辺りを摩りながら、少し顔をしかめて身を起こしている。ちょっと驚いて、雅弘は口を開いた。
「どっから聞いてたんだよ」
「お前はいつも変な事言ってんじゃん、っつートコからや。不覚やわ、こんくらいで沈むなんて」
理紗は小さく溜め息を吐き、それから事切れている正幸に視線を移した。
「土屋、アンタ…どーなんよ」
その言葉に、雅弘は少し考えるように空を眺める。少し経ってから、雅弘はぽつりと呟いた。
「正直、マサの気持ちには答えられないよ。俺はオトコだし……」
――それに、俺が好きなのは…オマエ、だし。
心の中で小さく付け加えて、雅弘は再び口を開く。
「…でも、偏見無しに受け取ってみようと思う……かな」
それで、理紗は少しほっとしたように微笑んだ。
「そっか。そんだけで充分やん、マサも救われたんちゃう?」
雅弘は「…ん」と小さく頷き、再び正幸に視線を向ける。
本当に――本当に、気持ちを伝えるっつーのは、難しいよな。



残り17人

+Back+ +Home+ +Next+