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永田泰(男子11番)は、その足元から5メートル程離れた場所に転がっている畑野義基(男子12番)の死体を恐怖に幾分見開かれた細い目で眺め、ぶるぶる震えていた。
違う、これは俺のせいじゃない――だって、こいつがいけねぇんじゃねーか。勝手について来たのは義基だし、そもそもこいつが、こいつがあんな事言うからこんな事になったんだ。俺は悪くない、俺は、俺は――

「ゆーんち♪」

突然、背後から明るい声が聞こえて、泰はびくっと震えた。見られた? 誰だ? 声からすると、女か?

泰が振り返ると、そこには――“あの”
植野奈月(女子2番)が、いつもと変わらぬ人懐っこい笑みを浮かべて立っていた。
「な、なんだよ…植野かよ」
緊張が残る所為か多少ぎこちなくなったものの、泰はふーっと息を吐いてその顔に笑みを浮かべる。
植野奈月は確かに、学年でも代表的な不良グループでも目立った存在だった。しかし、彼女はだからと言って他の不良のようにむやみやたらにクラスの目立たない、標的になりやすい奴等(泰もその中に入るだろう、本人は認めていなかったが)をいじめたりしなかったし(正確には奈月は裏でやっていたのだが、泰は知らなかった)、裏ですごい事をやっている(よく噂で聞いた、違法な事にも首を突っこんでいるらしい)自他ともに認める不良の割には、クラスメートの大半と仲が良かった。

泰自身、変わった奴だなぁと思いつつも話したことくらいはあったし、その時は不思議と話しやすかった。それは、奈月本来の人見知りしない性格と、気取ったところのない人懐っこい笑顔によるものだったのだと、泰は思った。
とにかく、泰は奈月の事は信用していた。
奈月がクラスの中で、数少ない「自分に好意を向けてくれる人」だったからという事もあったので。

「なつきねぇ、畑野の後ついてってたんだ? 悪いねー。一部始終、ぜーんぶ聞いちゃった♪」
奈月は胸ポケットから鏡とピンク色の透明なラメ入りのコームを取り出して、肩より少し長い赤く染めた髪を整えていた。――マズい、聞かれてたのか。泰の額に、嫌な汗がにじんだ。
でも…大丈夫、だよな? 植野は。
「あれぇ? なんか顔青いよぉ、だいじょぶ? 責任感じちゃってんのー? あたしはゆんちのせいじゃないと思うけどー。だって、仕方ないじゃん?」
奈月は鏡とコームをポケットに仕舞い、その手でスカートの右側に差し込んだ
ブローニング・ハイパワー9ミリをすっと抜き出した。それを泰に向けて、にこっと笑った。いつもの、天使のように無邪気な笑顔で。
金縛りにあったかのように、体が動かなかった。
なんでだ? なんで俺の思う通りにならないんだ?
結局植野も性悪女どもと同じなのか。生き残るべきなのは、俺のはずじゃ――

ぱん、という音がして、泰の額に赤黒い穴が一つ開いた。
奈月はブローニングを握ったまま、泰のデイパックを拾ってジッパーを開いた。
「このゲームじゃ、殺んなきゃ殺られちゃう訳だし。ね?」
奈月は仰向けに倒れている泰の手に握られたままの手榴弾を奪い、腹を蹴った。

「ゆんちさぁ、ちょっとウザかったよー。マニアックな話わかんないし、つまんないんだもん。じゃぁねん☆

奈月は私物の、ありとあらゆるアクセサリーをじゃらじゃらと大量に着けた黄色いリュックに(デイパックは中身をリュックに移して捨てた。理由は簡単、ダサかったから)泰のものだった水のボトルとパンの包みを適当に投げ入れ、手榴弾も入れた。
思った通りじゃん。マジ弱っちいなぁ、ゆんち。あー、でも探知機、禁止エリアの中だっけ?
ま、いっか。別にあってもなくてもどっちでもいいし。
奈月はそんな事を考えながら、のんびり歩き始めた。



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