■8

多村希(女子10番)は、あてもなく歩き続けていた。右手には、支給武器のを握っていたが、人より痩せ気味な体はぶるぶる震えて、どこか東南アジアの民族を思わせる顔立ちは恐怖に歪んでいた。しかし希は、それでも歩き続けた。意味もなく、前に進み続けた・そうしていないと、自分がおかしくなってしまいそうな気がして。
逢いたい、逢いたい、逢いたい。出発してからずっと歩き続けていたが、希の頭の中ではその言葉がぐるぐる回っていた。
希には、どうしても逢いたい人がいた。
迫田美古都(女子7番)の兄、迫田真佐樹だ。二年の冬から付き合っていた。希にとっては、初めての彼氏だった。
高校二年生の真佐樹は、かっこよくていい人で、このクラスで言うなら沖和哉(男子4番)にどことなく似ていた(美古都の兄だというので、希はもっと怖そうな人を想像していたのだが)。あまりにモテそうだったので、自分とはちょっと釣り合わない感じがしたのだが、真佐樹は「何言ってんだよ、オレの見る目は確かだ。希はいい女だよ」等とのろけた事を言ってくれたので、とても幸せだった。
希は初めて真佐樹を見たときからずっと憧れていたので、たまに美古都の家に遊びに行ったときに仲良く話すようになったある日の帰り、家の近くまで送ってもらったときに初めて告白された時はもう、言葉では表せないくらい感激していた。
もちろんOKしたその日、希が興奮して眠れなかったのは言うまでもない。
昨日だって、電話で遅くまで話をして、お土産を買ってくる約束だってしていた。そう、昨日までは、こんなことになるなんてほんの少しも思っていなかった。

今頃、他のクラスのみんなはホテルで枕投げとかお喋りとか、それとも呑気に大富豪なんてやっているのかもしれない。
自分たちも、そうなるはずだったのだ。なんで――なんで、あたしたちが?

脈拍なく、涙が希の瞳からこぼれていた。生徒手帳を無意識に取り出し、開いて中に貼った希と真佐樹のプリクラを眺めた。
自分で言うのも不思議だけど、幸せそうだった。とても幸せそうだった。


逢いたいよ、マサ君。あたし、もうダメ。死んじゃうかもしれない。もう逢えないね。

希は手の甲で涙を拭った。――ダメ、あたしもうダメ。死んじゃうよ。みんな大好きだったのに。みこっちゃんも、茉莉子も、奈央ちゃんもリカちゃんもなっちゃんも。
希の瞳に、また新しい涙が溢れた。もう逢えない、マサ君に。逢いたい、逢いたいけど逢えない。


ふと、前方にセーラー服の影がちらりと覗いた。身長140センチ台の、小柄な体。色を抜いた茶髪。無茶苦茶に短いスカート。
その影は、まさしく迫田美古都だった。

「みこっちゃん!」
希は全速力で、その影に駆け寄った。途中でつまづいて、その影の足元に倒れこんだ。

「みこっちゃん! あたし、マサ君に逢いたいよ、ねぇ、逢いたい。あたし、あたし…」

美古都の足にしがみついて、希は泣き叫んだ。ほとんど、パニック状態だった。不意に、美古都の赤いスニーカーが動いていた。ひゅっと空を斬ったそのスニーカーは、希の顎から頬にかけて直撃していた。

「ベタベタ触んじゃねぇよ、ブス」

希は訳も分からず、美古都を見上げていた。口の中のどこかが切れたらしく、独特の錆っぽい味がした。
「なんだよ、ジロジロ見んじゃねぇよ。靴下、汚れちゃったじゃん」
冷え切った瞳で希を見下ろしていた美古都のルーズソックスには、希の口から少し飛んだ赤い染みが、じわじわと広がっていた。



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