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藤川猛(男子13番)はこの状況に、興奮していた。
ベッドの上に組み敷いた
後藤沙織(女子6番)がその垂れた瞳に涙を浮かべているその姿、そして頭に思い描かれた、これから自分が沙織にするであろう行為の予想図は、猛のやたらと盛んな性欲を煽るには充分なものだ。
まあ、どうせだったら美人の
遠藤茉莉子(女子3番)だとか(ああ、遠藤チャンもう死んでたっけ)穂積理紗(女子15番)だとか(穂積は多分生きてっけど無理か、キツそうだもんな)――あのちょっと色っぽい長谷川美歩(女子12番)だとか、その辺りが猛としては良かったのだけれど(彼女も6時の放送ではまだ生きていた。やるじゃん、ハセミホ)。
傍らでこちらを楽しそうに眺める
古宮敬一(男子14番)――彼が沙織以外のオンナと関係を持っていたのは猛も知っていたし、沙織の方はそれにかなり大きなショックを受けているようだったが、猛にとってはどうでもいい事だった(寧ろ、好都合だ)。敬一はどうやら自身が沙織を犯すよりも、沙織が犯されているのを観る事を楽しみにしているようだ。

「オラ、後藤チャン。何して欲しいんだよ、言ってみな」
猛はいやらしい笑みに口元を歪ませ、手始めに軽く服をはだけさせた沙織の上で言う。しかし、沙織はただ首を横に振るだけだ。
「いや、いや…やめてよぉ、こんなの……」
無駄に口だけで抵抗を続ける沙織に、猛はちょっと呆れ混じりに舌打ちする。めんどくせぇな。猛は素早く腕を折り、沙織の鳩尾に強く肘を落とした。ごほっと沙織が咳き込み、猛はその間に空を眺めて少し考える。敬一は犯されるオンナを観賞して楽しむのが好きなのだろうか? どちらかといえば、自分は犯す方がずっと好きだけれど――たまにはそういうのも、いいかもしれない。

「タケ、とっととヤれよ」
煙草の灰を床に落として、敬一が急かす。猛はちらっと、少し離れたところで爪を噛んでただこちらをぼんやり眺めている
松岡慎也(男子15番)に視線を向けて、それから敬一を見た。
「まぁ、ちょっと待ってなって」
敬一に向けて宥めるように言うと、猛は慎也に向き直り、にやっと笑んだ。
「オイ、クソマツ。ちょっと来いよ」
慎也は噛んだ爪を吐き、重い足取りでベッドに歩み寄った。
一体何だというのか、別にレイプでも何でも勝手にしていいから、自分を巻き込まないで欲しい。心の中で、ひっそりと溜め息混じりに慎也は呟く。しかしそんな慎也の願いを裏切り、猛はねちっこい口調で言ってみせた。
「オマエ、童貞だろ? どーせ死ぬんだ、最期に一回くらいヤっとけよ」
慎也がそれを拒否する前に、沙織が叫んでいた。「嫌! やだ、絶対やだ!」
遠慮無しに叫ぶ沙織に、慎也は少し気分を害した。フォークダンスで隣の女の子に手を触れるのを嫌がられた時のような(実体験だ、小学校の頃に嫌だと泣かれた)嫌な感じがして、慎也はちょっと眉を寄せる。
――俺だって、後藤となんか嫌だ。この女、ドッキドキメモリアルの沙織ちゃんと同じ名前の癖して、俺の事いつも馬鹿にしてきやがる。おまけにキャアキャアうるさいし。

「いーから、ホラ。ヤっちまえよ、俺がカントクしてやんべ」
泣き喚く沙織の腹を殴り、猛はベッドから降りる。そのまま慎也の腕を掴んで、有無を言わせずその体をベッドに押し付けた。慎也の体がどさっとベッドに倒れ込み、まるきり沙織を押し倒したような形になる。
沙織がくしゃっと顔を歪ませて、また叫んだ。「やだぁっ!」
勿論、それは恐怖の為だったのだが――慎也はそれで、もう一度眉を寄せた。元よりちょっと被害妄想の強いところがあった慎也の目には、それがどこか、自分に触れた嫌悪のように感じられたのだ。
「後藤チャン、いーかげん黙んな。オラ、『沙織のマンコにブチ込んでください』って言えよ」
AVの監督でもしているように、猛が二人を見下ろしながら言う。沙織はぶんぶんと頭を振るい、両の瞳から涙を零しながら叫んだ。
「やだ、やだやだやだよぉっ! やめてよ、こんなの嫌……けーいちぃっ!」
しっかりと押えていなかった所為か、もがいた沙織は慎也の体を半ば引き離した。「しっかり押えとけよ、グズだな」。猛が呆れて慎也の体をぐいっと押え込む。
畜生――上から下から押えられながらも、慎也は唇を噛む。
何だってんだ、なんで俺がこんな事しなきゃいけねぇんだ、畜生、畜生――
どいつもこいつも、俺の事なんか何だとも思っちゃいないんだ、畜生!

「うあぁっ!」
呻くように叫び、慎也は思いきりベッドに拳を叩き付ける。
血走った眼で沙織を睨み、その沙織が追い詰められた子犬のように怯えきった表情をしているのにも構わず、慎也は罵声を飛ばした。人前でそんな声を出した事など、全く生まれて初めてだった。
「うっせぇんだよ、黙れ! お、俺――俺だって、男なんだよ! バカにすんじゃねぇ!」
今にも殴り掛かってきそうな勢いで叫ぶ慎也に、沙織の恐怖はピークに達した。思考回路は恐怖に占領され、もう何も考えられなかった。涙に濡れた瞳をきつく閉じて、沙織は渾身の力を腕に込め、慎也の肩を突き飛ばす。
「きゃあああああっ」
鼓膜を刺すような沙織の甲高い悲鳴が響く。強く突かれた慎也の体は、よろめきながらベッドから滑り落ち、がっと音を立ててその頭部が床に直撃する。
思いがけない事態に、猛はただ目を見開いたが――敬一が、動いていた。
床で煙草を揉み消し、彼はけだるげに腰を上げる。
「面白ぇコトしてくれんじゃん、沙織」
床にぺっと唾を吐き、敬一はひゃはっと下品な笑い声を上げる。
次なる玩具を見つけたように慎也の体に歩み寄り、小さく呻いて横向きに倒れる慎也を爪先で軽く蹴り上げた。慎也の体が反転して、仰向けになる。

敬一がポケットに手を滑らせて、自身の支給武器である折り畳みナイフを取り出す。
ぱちんと小さく音を立ててそれを開き、敬一は屈み込んで、仰向けになった慎也の腹、白いシャツを裂いた。
「オラァ、人体解剖すんぞー」
軽い口調で笑い混じりに言い、敬一は裸になった慎也のちょっと肉厚な腹に、思いきりナイフを突き立てる。ナイフはざくっと腹に沈み、慎也が一瞬その体をびくっと震わせ、もがくように腕を伸ばしかけたが――敬一は、止めなかった。
ひゃは、ひゃはははっ。心から面白がるように、幾度も慎也の腹にナイフを突き立て、えぐり、掻き回して――やがて、その音がぐちゃっ、ぐちょっ、という気味の悪い音に変わった時には、慎也の腕も力を失い、床にだらんと垂れていた。

猛は驚愕に目を見開き、沙織はぶるぶると大きく身を震わせて、ただそれを見ていた。慎也の腹部だけは、直視できなかったのだが。
ふと、敬一が下品な笑い声と共に呟く。
「すっげぇべ、イチゴで作ったモンブランみてぇ」
軽やかに言ったそれが、慎也の腹部を指しているのだという事は、二人にも解った。ああ――俺、もしかして生き残ってもモンブランだけは一生食えねぇ。猛は胃の辺りをきゅっと絞められるような感覚を覚えて、酸っぱい感じのする唾を床に吐き捨てる。
沙織は体に伝わる震えが、どんどん大きくなっていくのを感じていた。嗅いだ事も無いような生々しく異常な匂いに、お気に入りの玩具で遊ぶ子供のようにはしゃぐ敬一の姿に、その向こうにちらつく、とても奇妙な物体に――何もかもに、体の奥から込み上げるような吐き気を、覚えた。気が狂ってしまいそうだった。
沙織が小さく上げかけた悲鳴は、唐突に響いた物音に遮られた。

がぁん、と音がして、勝手口のドアが揺れる。幾分ぼろくなっていた鍵は、それで外れかけたようだ。
外から誰かが侵入を試みているのか――思いもしなかった突然の事に、猛は驚いてドアの方に向き直った。敬一もようやく慎也の死体で遊ぶのを止めて、立ち上がる。
もう一度、ばぁんと派手に音がして、ドアが開く。ドアから顔を覗かせたその男は、部屋中に漂う血の匂いに顔をしかめて、それから部屋の中に進み入った。
「……お邪魔しまっす」
右手にシグ・ザウエルP232SLを握り、
黒田明人(男子6番)はいつも通り無愛想な顔つきのまま、ぽつりと一言だけ言った。



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