■98

ぱららっ、ぱらららららららら、ぱぱぱ。
音は聞こえていた。けれど何の音かは解らなかった。
辺りの植え込みが次々と爆発する。地面が砕け、土砂が舞い上がる。全てがめちゃくちゃになる。全部、全部ぐちゃぐちゃ。
目はその景色を捉えていた。けれど、それらの意味することは解らなかった。
叫んだ。叫んだ。枯れた声を振り絞って何かを叫んでいた。
やはり、何を叫んでいるのかは解らなかった。
少女は壊れていた。勢いを増す雨の中、人形のようにイングラムM11を構え、ただ発砲を続ける無意味な動作を繰り返して。

「あ、ああああああ!」
水谷桃実(女子16番)の意識を支配しているのは、目の前で死んだ穂積理紗(女子15番)の存在だけだった。あまりにも弱い少女の心は大きくバランスを崩し、それを取り戻す術もなく、ひたすら破壊衝動へ桃実を導いていく。何もおかしいとは思わなかった、理紗が死んだ、誰かが奪ったのだ。誰が? その誰かを、あたしがぶっ殺してやる。めちゃくちゃにしてやる。全部、みんな消えてなくなれ。

叫んだ。理紗。理紗をかえして。いや。嫌。イヤ。
言葉にならなかったそれらの声は、狂人の咆哮そのものだった。やがて自身の声すらも“音”となり、桃実の意識とはかけ離れた遠いどこかのものとなる。全てがそうだ、目に映るもの、耳に届くもの、そして手に握るイングラムの感触も、全ては意識から切り離されていた。
理紗を失った衝撃、怒り、悲しみは、桃実の限界容量を遥かに超えていた。どうすることもできないのだという事実は、受け入れられなかった。行き場のない感情を全てに向けて、桃実はただただ、叫び続けた。

視界の中に、銃弾を浴びてよろめく誰かの体が映る。瞬間、その映像は荒波のような速さで桃実の意識に潜り込んだ。
誰? ――わかった、あんたが理紗を殺したんだ。理紗を。あたしの一番のトモダチを殺したんだ!
「り…さ、理紗を返してぇぇ!」
思い切りトリガーを引いて、桃実は“誰か”へ突っ込んでいく。正面から桃実の銃弾を受ける彼の体はよろめき、倒れそうになりながらも、無事であった両足でどうにか支え、狂気に身を投じた桃実を受け止めようと立ち塞がっていた。――既に、十数発もの銃弾を全身に受けていたのだけれど。
瞬間。一秒にも満たない程に短いそのとき、強い意志を固めた彼の目と、爆発した感情全てを込めた桃実の目がかち合う。

――水谷。
幼さを残しながらも低く掠れた声が桃実の耳に届いた時、二人の間で全ての音が止まった。銃声。悲鳴。地を叩く雨の音。無音状態の中、一瞬だけ二人に何かが通い合い、次の瞬間にはその片方がゆらりと身を崩していた。

イングラムが弾切れを起こした事に気付くより先に、桃実は“誰か”の――
荒川幸太(男子1番)の体が自身に寄り掛かり、そのまま倒れかかっている事を認識した。イングラムが手から滑り落ちるのと同時に桃実の体もその場に崩れ、真っ赤に充血した瞳を大きく見開いて、幸太の肩に空いた銃創を見つめていた。
解らなかった。どうして幸太がここに居るのか。どうして幸太が怪我をしているのか。あたしは、あたしは理紗を殺したやつを――
「水谷」
幸太は桃実の肩に額を押し当てたまま、短い息で言った。
「…こう、た?」
幸太の肩の傷に視線を向けたまま、桃実は小さく訊き返した。傷に雨が降りかかり、シャツに赤が薄く広がっていく。
「なんで…怪我、してるの?」
地面に垂れた桃実の手に自分の手を合わせて、幸太はゆっくりと首を振った。振った、というより、動かした、という感じだったが――。

この周辺に辿り着いたとき、辺りにあった二つの死体。片方の赤い髪のセーラー服は
植野奈月(女子2番)だろう、そしてもう片方は、穂積理紗。そして桃実の声。理紗をかえして、そう言っていた。桃実は理紗が誰かに(状況からして植野奈月と見ていいだろう)殺されるのを見てしまったのだ、よりによって親友の理紗が。親友が目の前で死んで、まともでいられる15歳なんて滅多に居ないだろう。
微かな力を込めて、桃実の手を握る。体中が無茶苦茶に重く、熱が広がっていくのを感じながらも、幸太は思い返していた。

三日くらい前だっただろうか、もうはるか遠い昔のように思えたが――放課後の教室で、丁度今のように雨の降る窓の外を眺めながら、桃実がぽつりと言った。
「ゆきちゃん、修学旅行来るのかなぁ」
幸太は読んでいた旅行のしおりから顔を上げて、桃実に視線を向ける。
「来ない…かも、なぁ」
曖昧に言葉を返し、幸太はしおりのページを捲る。桃実の口から
鬼頭幸乃(女子4番)の名前が出たことに、どういう訳か一種の気まずさを感じていた。何故気まずくならなければならないのかと言えば、答えははっきり言えなかったのだが。
「幸太からもさ、声かけてみたら?」
そう言って振り返った桃実は、にっこりと笑んでいたけれど――どこか、いつもと違って見えた。
楽しそうに騒いでる時の顔じゃない、からかわれて困ったように笑ってる時の顔でもない、どうしてだろう? いや――考えない方が、いい。その日の帰り道はぶんぶんと頭を振るって、雨の所為だ、湿気で目が霞んでたんだと呟きながら早足で歩いた。
じゃあ――幸太は微かに唇を歪め、熱い息を吐いた。じゃあ、今も、雨の所為だ。
こんな風に、幸乃とはちょっと違う感じに、桃実のことを特別に思えるのは。

「ごめん…な、水谷」
桃実に体を預けたまま、幸太は唇を開く。温かいものがゆっくりと顎を伝ったが、構わずもう一度、言った。
「ごめんな」
何故、ごめん、と言ったのか、幸太自身よく解らない。ただ、何故か胸が堪らなく痛んでいた。
もう一度、桃実の手を握る手に力を込めた。
辛かったよな。
ごめんな。
一人にして、ごめんな。
伝えたかったこと全ての、どれだけが声になったのか。それすらも最早解らなかったけれど、しかし懸命に、声を絞り出した。やがて雨の勢いが少しずつ弱まってきた頃、桃実は自身の手を握る幸太の手から力が抜けているのに気付き、そっと手を抜き取った。

「…幸太?」
答えは、なかった。
桃実は黙って、幸太の手から抜いた自分の手を見つめた。赤い血が、付いている。それを眺めたまま、幾度も心の中で言葉を繰り返した。
どうして幸太が怪我してるの? どうして幸太は動かないの? あたしは何をしてた? あたしは理紗を殺したやつを、マシンガンで無茶苦茶に撃って、ぶっ殺して――…

あたしが殺した?
あたしが、幸太を、殺した?

「あ……」
胸を撃たれたような衝撃が跳ねて、桃実は目を大きく見開く。
細い雨の音に、少しずつ別の音が混ざる。鼓動。殺した。殺した。お前が幸太を殺したんだ――幾つもの声が耳の奥に湧き上がる度に、高まっていく鼓動。頭の中を蚊が飛び回っているかのようにこびり付いて離れない音、声、音。鼓動、痛い、苦しい――でも、幸太はもっと苦しかったんだ。
桃実は放心したように焦点のずれた目でただ空を眺め、動かない幸太に肩を貸したまま、ずっとそこを動かなかった。




残り1人/ゲーム終了・以上丹羽中学校3年4組プログラム実施本部選手確認モニタより

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